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時は動き出した
【大人 恋愛小説】

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18-1

 翌朝、起きるとダイニングテーブルに、全ての項目が記入され、判が押された離婚届が置いてあった。まだ昭二は眠っている。
 私はそれを丁寧に折りたたんで鞄にしまい、朝食の準備に取り掛かった。
 同じ素材の、少し色の違う紙に記入をした時は、二人一緒に並んで、何やかんやいいながら書いた事を思い出す。
 紙切れ一枚で繋がるんじゃない、心で繋がるんだ、とか昭二が言ったりして。愛していた、確かにあの時私は昭二を愛していた。
 それが今じゃ、紙切れ一枚で千切れる仲になった。結婚とは、こういう物か。

 出勤してすぐに、戸籍課に寄って離婚届を提出した。時間前にも関わらず、同期の女性がそれを受け取ってくれた。
 仕事中にスマートフォンが着信を知らせたので、液晶を見ると、不動産屋からの電話だった。私は「もしもし」と応答し口元を押さえながら非常口から外に出た。
『例の物件なんですが、リフォームが済みましたので、鍵をお渡しする事が出来ますから、ご都合の宜しい時に店にいらしていただけますか?』
「あぁ、分かりました。今日の夕方に伺います」
 今週末にでも引っ越しをしよう。昼休み、引っ越し社の予約を取り、土曜に引っ越す事になった。
 仕事の帰りに不動産屋に寄ると、先日対応してくれた男性がまた席に通してくれた。
 鍵を受け取り、注意事項を何点か聞いている間、辺りを見回した。真吾はいなかった。
 鉢合わせにならないよう、私はさっさと店を出た。
 今週は引っ越しの荷物をまとめる作業をするために、ショッピングセンターには寄らずに真直ぐ家に帰る事にした。
 毎日少しずつ、使わない物から徐々に箱詰めをしていき、普段使わない和室にどんどん段ボールが重なっていった。食器類も、必要最低限は確保した。
 客用布団は土曜の朝、畳んで引っ越し業者に渡そう。

「じゃぁ、お願いします」
 引っ越しのトラックに乗せてくれると言うので、新居まで乗って行く事にした。
 昭二には「また連絡するから」と言って笑顔で手を振った。
 そう遠くない距離の引っ越しで、荷物も少ないため、引っ越し作業はあっという間に終わった。
 一人になった新居で、まだテレビもなく、携帯の音楽プレーヤーで音楽を聴きながら荷解きをした。
 食器を入れる棚もないので、とりあえずキッチンに置き、洋服はハンガーに掛けられるものだけをクローゼットに仕舞い、衣装ケースのまま持ち出した物は、そのままクロゼットの下に仕舞いこんだ。
 そう広くない部屋だけど、一人で暮らすには十分すぎる大きさだ。
 明日、必要なものを買ってこなくては。小さい丸いテーブルを出してきて、冷たいフローリングにお尻を付けて、メモに必要なものを書きだした。大きなものは買えないけれど、電気ストーブ位は買ってこないとな。
 テーブルに置いておいたスマートフォンが光った。真吾からのメールだった。
『引っ越しはいつ?』
 会うのを拒んで、何も伝えていなかった事を思い出す。
『もう引っ越した』
 それ以上の事は送らなかった。


 翌日、ショッピングセンターに買い物に出かけた。電車に乗らずに済むので気楽だった。
 今は便利なサービスがあるもので、買った物をその日のうちに家まで配送してくれるという。
 トイレットペーパーなどのかさばる日用品は、全て配送に任せた。
 家電売り場で、手ごろな大きさのヒーターを見つけた。それは持ち帰る事にした。
 丁度昼ごはんの時間になるところだったので、いつものカフェに寄った。荷物は両手にいっぱいになっていた。
 夕方には配送が来るはずだから、それまでに帰らないと......と段取りを考えながらパンを食べていた。
「恵」
 スマートフォンにメモをしていた手を休め、顔を上げるとそこに立っていたのは真吾だった。
「あぁ、何か久しぶり」
「何か、じゃないよ。全然会ってくれないんだもん。俺このカフェ通るたんびに窓から覗いてて、絶対変質者だと思われてたよ」
 私はクスっと笑った。
 真吾は私の足元にある荷物を見て、「それ全部持って帰るの?」と目を見開いた。
「うん。すぐ必要そうな物だけ買ったつもりなんだけど、他にも配送さんが夕方に来るから、それまでに帰らないとなんだ」
 ホットコーヒーだけを頼んだ真吾は、アツアツのコーヒーに息を吹きかけていた。
「パン、一つ食べる?」
「いや、俺朝ご飯遅かったから、大丈夫」
 私はパンを食べながら「そう」と言って、無言で昼食を進めた。
「俺、今日暇だから、買い物付き合うよ。荷物も多いだろうし」
「え、別にいいよ。一人で何とかするから」
 そう言って紅茶を口に含むと、真吾は膨れっ面をした。
「俺にだって協力させてくれよ。力になりたいんだよ」
 仲間外れにされた子供の様だった。
「じゃぁ、お願いしようかな」
 過度の期待は持たないように、持たせないように、あくまでも私たち二人は、幼馴染である事を忘れないように、と心に刻み込んで。



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