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時は動き出した
【大人 恋愛小説】

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 数駅先のターミナル駅で下車し、庁舎へと歩く。
 区役所の、保健福祉部門で仕事をしている。かねてからの希望だった。
 私の母はとても元気なように見えて、乳がんで乳房の切除をしている。
 再発を警戒して、定期的に受診をしているし、日頃から体力的に無理が掛からないようにしている。父もそれに協力を惜しまない。いつ見ても、仲睦まじい。
 そんな彼女達を見ていて、癌、特に女性特有の癌検診に対する啓発運動などに関わっていく仕事を選んだ。
 大きな都市で、多くの人を救いたい。そう願って富山から、横浜にある大学に入学をしたのだった。
「牧田さん、九番に女子医大の佐藤先生から電話です」
「あ、はい」
 ただ、今は他人の癌検診がどうとかそういう事よりも、自分の不妊症の方が切実な問題だ。
 正確にいうと、一年で子供が出来ない事は不妊症とは呼ばないそうだ。だからただ、子宝に恵まれない事、それが懸案事項だった。


 仕事の帰りに、大型ショッピングモールに寄った。
 医学関係の書籍が豊富に揃う事で有名な書店があり、そこで不妊症に関する本を買おう事にした。
 知識を得ておけば、将来的には、不妊症に悩む女性へのケアの仕事も出来るかも知れない。
 数多く並ぶ書籍の中から、専門的過ぎず、かつ簡素過ぎない一冊を選び、レジへと向かった。
「カバーはお掛けしますか?」と訊かれた。
「あ、カバーはいいです」
 そう言ったせつな、隣のレジに並んでいる男性と声がシンクロしてしまい、思わず顔を隠し赤面してしまった。隣からの視線を感じた。きっと相手も気まずい思いだろう。私は足早に書店を後にした。
 手提げ袋に入った本を持ち、家に帰るか迷ったが、今日はカフェで軽く夕飯を済ませて帰る事にした。
 昭二は平日、夕飯を家で食べない。午前様が日常だ。時々こうして私は、息抜きの為にカフェやレストランで食事を済ませる事にしている。


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