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私と昭二が結婚してまだ半年も経たない頃だった。
朝ごはんを食べながら、ぼんやりした頭で何と無くテレビの電源をつけた。最近夕立が多く、天気予報を見ておきたかったんだと思う。
『昨夜遅く、横浜線で、大規模な脱線事故が起きました。これまでに死亡が確認されている方の名前は以下の通りです』
名前の羅列と、時折顔写真が映し出された。
「うわ、ぺちゃんこ。悲惨だねぇ」
「そうだな、今朝は振替輸送で混むだろうな」
そんな何気ない話をしていた。夜遅くじゃ、乗客はそれ程多くなかったのだろうと想像する。朝のラッシュアワーにこんな事故が起きていたらと思うと恐ろしい。それが、どうやら終電車だったらしく、乗客は思いの外多かったことが、アナウンサーの酷く冷静な声で伝えられた。
そのままご飯を食べながら画面を見ていた。次から次へと切り替わる画面のひとつに。ハッと息を呑んだ。
整った清楚な顔、左目の泣きぼくろ、見た事がある。この人。誰だったか......。
「あ」
堺清花?
思わず手に持った味噌汁を零しそうになった。
「何? 誰? 知り合い?」
「幼馴染の嫁さんが映ってた」
昭二は目を見開いて「えー、そんな事ってあるのか」と呟いた。
私は一気に食欲が失せ、わずかに残っていた白米と味噌汁を、シンクの三角コーナーに捨てた。網目から濾された汁気が徐々に排水溝へ吸い込まれていく。
あの日彼女が着ていた、スミレ色のワンピースが目に浮かんだ。
「お母さん?ニュース見たんだけど」
『さっき堺さんから連絡が来て、どうやらご葬儀は横浜で執り行うって言うからね。お母さんは行けそうに無いわ。恵は?』
「うん、ちょっと仕事の都合もあるし、急だから行けそうに無いかな」
『あらそう』
落胆の声が聞こえた。
私はいつも通り身仕度をして、仕事へ出かけた。
私には牧田昭二という夫がいる。私は牧田恵になったのだ。
それでも頭のどこかで忘れられない、堺真吾との有耶無耶な別れのシーンが、あの雪の白さが、昨日の事の様に思い起こされるのだ。だからこそ、葬儀に行く気にはなれなかった。独りになる彼に、手を差し出してしまいそうな自分が容易く想像できる。