サクラ大戦〜独逸の花乙女〜-6
「この屋敷は、俺の新潟にある実家に瓜二つだ、何から何までな………」
いきなりそんなことを言うと、龍一郎はかすみの顔を見つめて言う。
「かすみさんは天城昌明という男を知っているか?」
「その人って、まさか………」
「そう、俺の親父だよ、恐らくここは親父が欧州大戦の際に建てた屋敷だろう」
かすみはやっと合点がいった。
なぜあんなに龍一郎がこの屋敷に精通していたかがやっと理解できた。
「かすみさん、明日から舞台の練習があるだろ?早めに休んどくんだな」
言い方はキツいがかすみを心配してくれているのである。
そんな龍一郎の無骨な優しさが可笑しくなってかすみは吹き出してしまう。
「フフッ、ありがとうよ、少尉。心配してくれて、それとずっと気になってたんだが、さん付けは要らないよ、呼び捨てにしてくれてかまわない」
「じゃあ、かすみと呼ばせて貰おう」
正面から名前を真面目な表情で言うもんだから、かすみはせっかく治まった火照りがもう一度、体に灯るのを感じた。
「もう寝るよ、お休み少尉!」
照れ隠しに大きめに言いながら、自分の部屋に走っていく。
「ああ、お休み」
かすみが部屋に戻ると龍一郎は庭の方を向き直す。
龍一郎の胸の中には今日の出来事が走馬灯のように去来していた。
ついさっきのことなのに夢のように思えてくる。
日本に居るときはこんな異国に旅立つとも思っていなかったし、ましてやそこに親父の印した軌跡があるとも思っていなかった。
(俺も寝るか………)
その時だった。
ーガサッ!
「………!」
物音に気付いて後ろを振り向くが、音を発したであろうそれは確認できなかった。
(気のせいか………?)
龍一郎は部屋に引き返す。
「リュヒトー、君は今のドイツをどう思うかね?」
男の横でひざまずいているリュヒトーが口を開く。
「はっ、閣下がお造りになられるドイツ帝国こそ、ドイツのあるべき姿と僭越ながら、思うております」
男はリュヒトーの答えに満足したのか、眼下に広がるドイツの街並みを見て、邪悪な笑みを浮かべていた。
(惰弱なドイツなどは必要ない、我がドイツは欧州の覇者となるべきなのだ)
男は堪えきれなくなって高らかに笑い始める。
「ククク、ハァーハッハッハッハー!」
その高笑いは星空に消えることなく吸い込まれていった。
「〜〜ッ」
かすみは目を覚ますと部屋に架かっている時計を見る。
「う〜ん、まだ寝れるな」
練習の開始時間まではかなりの猶予があり、二度寝しようと布団を被ると部屋の扉が鳴る。
「かすみ、起きたか?飯の準備が出来たんだが」
「ん〜、ちょっと待っててくれるかい?」
まだかすみは眠気が抜けきっていない返事を返すと、布団から抜け出て、着替えにかかる。
「じゃあ、居間に料理を出しとくから、出来る限り、早めに来てくれ」
扉の向こうの人の気配が遠のいていく。
着替えたかすみは居間に向かう。
居間の襖を開けると朝食の匂いが腹の虫を刺激する。
「おはよう」
「おはよう、少尉」
かすみは龍一郎の向かいに座る。
「これ、少尉が作ったんだろ?」
目の前の料理はどこかの料亭で出てくる和食料理と遜色ない絢爛さを誇っていた。
「ああ、大したもんじゃないがな」
(充分、たいしてるぜ)
内心舌を巻きながら、両手を合わせる。
「「いただきます」」
不思議と二人の声が重なった。
龍一郎の料理を口に運んでみる。
「美味しい!」
かすみは目を輝かせて料理をパクパク口に運んでいく。
「おかわりして良いかな?」
見ると彼女の茶碗はすでに空っぽだった。
かすみは頬を染めて茶碗を差し出す。
龍一郎は茶碗を受け取り、蒸気ジャーから米を茶碗に盛る。
茶碗を受け取ったかすみはまたパクパクと口に放り込んでゆく。
その余りにも美味しそうに食べている姿に龍一郎は見入ってしまう。
「そこまで急がなくても、料理はまだあるぞ?」
「うひゃいほょんはなへみにやへる」
口の中には料理が満載されており、かすみが何を言っているかが理解できない。
「美味いもんは早めに食べる」
かすみは自信たっぷりに胸を張って言う。
そんなやりとりをしながら、龍一郎はいつもの倍近い時間をかけて、食事を済ませていった。
二人は食後の運動もかねて、歩いてミラビリーシャに向かうことにした。
龍一郎は路地で売っていた新聞に興味のある記事がのっていた。
その文面を書き写すとこの様になる。
ー怪蒸気出現!?広まる不安
ここ最近、欧州大戦時の機体と酷似した蒸気が目撃されている。これに対し政府の対応は軍が廃棄した蒸気を何者かが修復し、悪用しているのではないか、という見解で調査を進めているようだが、進展は無い模様である。
ニューヨークでも謎の蒸気が出現しており、市民の不安は募るばかりである。
という文面から龍一郎はある可能性を見いだしていた。
(まさか、アイゼンギガントか………?)
しかし、この記事だけでは到底情報不足であり、憶測の域を出ない。
「少尉?どうしたんだい、そんな難しい顔して?」
新聞の記事を見ながら考え込んでいたら、それが顔に出ていたらしく、かすみが訊ねてくる。
「いや、大したことじゃない」
(まだかすみに話すには早いな……)
これ以上はこの話題に深入りさせないために新聞を折り畳んで持ち歩く。