サクラ大戦〜独逸の花乙女〜-5
「ここなんですか?」
「地図か俺が間違っていなければここだ」
かすみが門に目を向けると「天城」という表札に気がつく。
「あれ……?天城?」
まさか、と思いかすみは龍一郎の方を向く。
「……………」
龍一郎は無表情で何を考えているか解らない。
「少尉、鍵は私が持ってるから、入らない?」
「……ああ」
かすみはアスカから貰った鍵を使って家の中に入る。
中に入るとまずここ数年人が住んでいた形跡が無いことに気付く。
しかし、掃除や庭の手入れなどは隅々まで行き届いており、蒸気も通っていて、電気も滞り無く使用できた。
「俺は司書室に居るから、かすみさんは隣の部屋を使ってくれ」
初めて入るはずの家なのに、龍一郎はまさに我が家のように落ち着いている。
「少尉、食事はどうするんだい?まだ食べてないだろう?」
「ああ、来る途中にレストランがあったから、そこで食事にしようと思っている」
レストランの方向を親指で指し、歩き始める。
俯いていて全く周りを見ていなかったかすみは虚を突かれて立ちすくんでいた。
「行かないのか?行きたくないなら別だが…」
歩いていた龍一郎が振り向いて声をかけてくる。
「えっ!?ああっ、今行くよ」
慌てて首を振って否定すると龍一郎の後に続く。
すぐ近くに大衆向けのレストランはあり、二人はそこで食事をとることにした。
店に入ると、空いている席に座る。
二人が手頃な値段の料理を食べ終わって、かすみがデザートを楽しんでいるときだった。
「いらっしゃいませ」
店の扉が開き、大男三人組が入ってきた。
「おいおい、この店は下品なイエローモンキーが入っていい場所じゃねぇぞ!」
彼等は入って来るなり、龍一郎達を指差し、罵倒する。
「お客様、当店では……」
「あんたは黙っててくれ」
三人組の一人が店主を足止めして、残り二人が龍一郎達に近付いてくる。
「聞いただろ、イエローモンキー、テメー等なんかが使っていい店じゃないんだよ!」
テーブルを手で叩いて龍一郎達を威嚇する。
「…………」
「今のご時世にこんな人がいると思わなかったよ」
龍一郎は無言でコーヒーを口に運んでいる。
「なんだと、このクソ女が!」
いきり立った大男がかすみにつかみかかろうとする。
ーガッ!
「邪魔だ、とっとと失せろ………!」
その腕を掴んだ龍一郎が有無を言わせない力強さで睨みつける。
「ぐっ…!」
大男は振り解こうとするが、龍一郎の力は大男のそれを上回っていた。
「テメェ!」
仲間のもう一人が振り解けないと解るや、龍一郎に襲いかかる。
「何してやがる!全員動くな!」
その瞬間、レストランの扉が開け放たれ、警官隊とスーツ姿の男が入ってくる。
「ナ、ナキシマム警部!」
三人組の一人がスーツ姿の男の名前を叫ぶ。
ナキシマム警部と呼ばれた男は三人組を見て呆れたように言う。
「また貴様等か!今度は誰に絡んだんだ、一体!」
この三人組は警部の常連客らしい。
「面倒だ、今の内にお暇しよう」
龍一郎はかすみに耳打ちする。
「わかったよ」
二人は騒ぎに乗じてレストランから出て行く。
「やれやれ、とんだ食事だった」
「そうだね、でも料理は美味しかったよ」
二人は天城邸に戻っていた。
「風呂はそこの廊下のつきあたりの筈だから」
(少尉はやっぱり間取りを知っているみたいだけど、なんでだろう?)
しかし、それを不思議に思い、知りたいとは思っても聞く勇気はかすみには無かった。
「じゃあ、先にはいらせてもらうよ」
そして、脱衣場で服を脱ぎ、扉を開けると眼前には露天風呂があり、竹で囲まれたそれはここがドイツだということを一時的にせよ、忘れさせるには充分な風情があった。
「温かいや、気持ち良いよ〜」
かすみが湯に浸かりながら鼻歌を歌っていると、扉の向こうから声がした。
「かすみさん、タオルはここに置いとくぞ」
「£※‡☆◇!?」
無論、扉は曇りガラスで見えないとはいえ、鼻歌は聞こえていただろうし、いきなり声をかけられたこともあり、かすみは声にならない声を上げる。
「あ、ありがとうよ、少尉」
辛うじて声帯から声を絞り出す。
「ああ、気にしないでくれ」
龍一郎は引き返そうとする。
かすみが安心しかけたその時だった。
「歌が巧いんだな、感心したよ」
「………!」
龍一郎は脱衣場から去っていく。
かすみは鼻歌を聞かれた気恥ずかしさから顔を真っ赤にし、湯の中にブクブクと沈んでいった。
かすみは風呂からあがり、寝間着代わりの浴衣に着替えると縁側で庭を見ながら体の火照りを冷ましていた。
「ここにいたのか、姿が見えないから心配したぞ」
すると、後ろから声が聞こえたので振り向くと、甚平を羽織って、手拭いを肩に掛け顔の汗を拭いている龍一郎がいた。
「悪いね、庭が綺麗だったから眺めてたんだよ」
「そうか」
と相づちを打つと龍一郎はかすみの隣に座る。