記憶と妄想-7
携帯電話が突然軽やかな音を奏でた時、美菜子はインスタントココアを作っていた。お湯を注いだばかりのカップをテーブルに置き、代わりに携帯電話を手にする。画面の表示は“八百屋”。
「も、もしもし?」
電話の内容は、“これから行くから玄関の鍵を開けておくように”と言うものだった。電話は素っ気なく切れ、美菜子は鍵を開ける。
(これから、って、どのくらい・・・)
美菜子はカップに口を着け、乾いた喉にココアが流れていくのを感じてまた溜め息を吐く。なんとなく居心地悪くなってきて部屋の中を歩き回る。
(カーテン・・・)
いつもはほぼ開けっ放しのカーテンだが、深夜にこっそりやってくる富田の為にも閉めておいた方が良いだろう。美菜子は仄かなルームランプを灯し、2枚ある窓のカーテンをきっちり閉じた。
(密室みたい・・・)
外界から遮断されたアパートの一室。もうすぐ二人きりの空間になる・・・。
―カチャ・・・
玄関のドアが静かに開き、外廊下の灯りが台所に一瞬差し込む。その光を遮るように富田のシルエットが玄関の中に入ってくると、扉は閉まって影が暗闇に溶けた。
「美菜子さん?」
闇が不安げに美菜子を探す。美菜子は居間と台所の境にある引き戸に身を隠すように立っていた。
「・・・ここに」
「ああ・・・」
ようやく目が慣れてきたのか、富田は美菜子の姿を認めて玄関に鍵を掛け、部屋に上がってきた。手にしていたコンビニの袋をテーブルに置き、取り出した缶ビールの栓を開けてゴクゴクと喉を鳴らした。
「はははっ、緊張しちゃって喉がカラカラ。朝には市場に行くからノンアルコールね」
富田は缶を振り、ジャケットを脱ぐと美菜子に歩み寄り、美菜子は富田を見たままじりりっと後退る。
(これから、どうなるの・・・)
こんな格好で言われるままに鍵を開けて待っていて、今さらなのに・・・。富田の視線が美菜子の肢体をなぞる。瞳から唇へ、唇から首筋、胸元を撫でて乳房の頂きと膨らみ、そして太腿に降りて、富田はノンアルコールを口にする。
「はぁ・・・飛び掛からないようにするのが難しいね」
「え?」
「今、俺に背中向けたらダメだよ。そのまま、美菜子さんを無茶苦茶にしてしまう」