記憶と妄想-2
「へい、いらっしゃい」
きれいに並んだ野菜に惹かれて八百屋に近付くと店主が威勢良く出てきた。
「あ・・・これは、どうやって食べるんですか?」
土地が変わると変わった野菜にも出会う。
「奥さん、最近この辺りに越してきたの?これはね・・・」
崇男と同じくらいだろうか、ずんぐりした身体に似合わずフットワークは軽そう。働き盛りの店主は新規の客に分かりやすく丁寧に野菜の説明をしてくれた。
「また来てくださいね」
説明の途中で奥さまらしき、小太りな女性も加わり、二人揃って見送ってくれる。
(野菜で痩せる訳じゃないのね)
美奈子は仲の良さそうな夫婦に背中を向けてくすっと笑った。
それから、毎日ではないが商店街に行くと八百屋に寄るようになった。相手は奥さまだったり、店主だったり。その日、店先に居たのは店主。
「今日はなんにしようか?」
「あ、今日は少しだけで」
「おや、ご主人は?」
“主人は出張で、来週まで居ないの”と、美奈子が答えた気持ちに他意はなかった。
「そりゃあ、寂しいなぁ。こんな可愛い奥さんと離れて」
「そ、そんなことないですよ」
美奈子は手を顔の前でひらひらと振って否定する。実際、この頃は崇男に愛情は感じなくなっていた。
(寂しいのは、この出来損ないの身体だけ)
美奈子の表情が暗くなっていくのを見た店主は、辺りをきょろきょろと見渡してから、美奈子に囁いた。
「旦那と上手く行ってる?」
「えっ?」
夕方の買い物には早い時間だったのか、商店街に人は疎らだった。
「奥さん、いつも沈んだ顔してるからね・・・おじさん、心配なんだよ」
美奈子がいつも浮かない顔をしていることに気付いている人がいた。心をギュッと鷲掴みにされたような気がする。じんわりと涙が浮いてくる。
「上手く・・・行ってないんです」
美奈子がぽつりと呟くと、店主は肩をポンポンッと叩いた。
「こんなに可愛いのに、旦那は何をしてるんだろうね。俺だったら、もう四六時中、愛しちゃうよ。嫌だって言っても、そのおっぱいに吸い付いちゃう」
美奈子は店主の顔をじっと見た。店主は慌てて、美菜子を宥めに掛かる。
「今のは嘘、嘘。冗談だからね。怒らないで・・・」
美菜子は静かに口を開いた。