南風之宮にて 4-4
木を倒したり積み上げたり、何だかんだと王子の指示で重機の役割をさせられていたアハトは、ふとハヅルとエイに思い馳せた。
何事もなければ、そろそろ結界を抜けて飛び立つ刻限だ。
ちょうどそう考えたときだった。
ズウゥ……ゥン。
伝播する重低音とともに、地面がかすかに揺れた。アハトははっと顔を上げ、音の伝わってきた方角を振り向いた。
参道の向こう。距離からいって結界の境界近くだ。
アハトのツミの視界には、山の向こうに巨大な爆煙が立ち上っているのが見えた。夜闇にまぎれて人の目には映らないだろう。
「アハト、今の音は何だ!」
作業の指揮をとっていた王子が彼に駆け寄った。
「ハヅルが変化して術を使ったようです」
「神域の外はかなり距離があるぞ。ここまで地響きが伝わってくるなど、並大抵の力ではあるまい」
「結界の外に何かがいた……ということかと」
燃焼物質を介さずに爆発現象を再現する術だろう。
シアの血筋に連なる者の例に洩れず、ハヅルは空気と熱の操作が得意だ。対象の細かな限定を度外視した、範囲と破壊力偏重の乱暴な力の使い方は、実にシアらしい。
代々精密な術を得意とするケイイルの家系のアハトとは対照的だ。
「何か、とは?」
「さあ」
敵方の軍勢がいまだ神域結界の外にいて、一網打尽にする好機と判断したとしたら。
そう仮定してみてから、否、とアハトは首を横に振った。
いくら得意といっても、あの規模の爆煙を起こすほどの力を発動させれば、体力を根こそぎ食い尽くしかねない。ハヅルにとっても奥の手のはずだ。
そもそも、そこまでする必要がない。人間の動きを止めるだけなら、粉々に吹き飛ばさなくとももっと楽な方法がある。
「普通の人間相手にここまでやるとは思えませんが」
こんな術を使わなければ斃せない相手など限られている。アハトは眉をひそめた。
考えられるのは同族の者か、そうでなければ……
「魔族の大群にでも、遭遇したのか」
「魔族だと?」
王子は盛大に顔をしかめた。
「なぜここで魔族が出てくる。参拝者が遭遇したのは人間の軍隊だったはずだぞ。人間と魔族が手を組んだとでも?」
知るか、とアハトは内心思いながら、
「通常なら考えられませんが、少なくとも、それに準ずる脅威に行き会ったのは間違いないかと」
「魔族の大群か、それに準ずる脅威……また、曖昧な話だな」
「見てみなければわからないので」
それもそうだ、と王子は難しい顔で腕組みした。
「何にしろ、結界を抜けたのは間違いないとみていいか。だがあれだけの力を使って、まだ飛べるか?」
「……飛び立つには少し、時間が要るかもしれません」
静かに言って、アハトは樹海の向こうに目を凝らした。
襲撃者の姿はいまだ影も見えなかった。
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