南風之宮にて 4-10
「……!」
脳天から両断する勢いで振り下ろした、はずだった。
だが、ごとりと重い音を立てて落ちたのは、庇うように掲げた右腕一本きりだった。それだけで重い一撃の威力が殺されてしまったのだ。
エイは内心の驚きをいささかも面に出さず、間髪入れずに袈裟がけに斬り上げた。
肉を裂く手応えとともに、胴体に深く傷が刻まれる。
相手の動きは完全に止まっていた。斬られた体が後ろにぐらりとかしぐ。
人間なら既に死んでいる……だがエイは、さらに追い打ちをかけた。斜めに斬り上げた剣を引き戻し、みぞおちに垂直に突き立てる。押されるまま、相手の体は仰向いて倒れた。
エイは力を抜かなかった。突き刺した刃をぐっと両手で押し込んで貫通させ、地面に縫い止める。
「まあ」
ひゅ、と雑音まじりの吐息とともに、感嘆の声がもれた。
「まあ、なんて脆い身体」
眼球を、くるりと裏返しながら、彼はそうつぶやいた。表情に苦悶の色はなく、じたばたとあがきすらしない。甘ったるいしゃべり方もそのままだ。
余裕の様子から痛手がないのかとも思ったが、裏腹にその体から力が失われていくのをエイははっきりと感じていた。
程なくして、男はやっと動かなくなった。
エイが息をついて、腹部を踏みにじって固定していた足を退かしたときだ。
「相変わらず、お見事な腕前ですこと、灰色の剣士」
空気音でひどく聞き取りづらい、だが確かな発声で、彼はそう囁いた。
エイはぎょっとして、引き抜きかけていた剣を再び押し込んだ。グ、と奇妙な呻きを洩らして、魔族が首をそらす。
数秒ののち、ひどく傷んだ魔族の体は、ようやくぐにゃりと力を喪失した。
そのまま、今度こそ動かなくなったと判断して、彼は剣を引き抜いた。抜いた剣は脂と臓物に汚れてはいたが、やはりどこにも血はついていなかった。
「相変わらず……?」
魔族の最後の言葉を思い出して、エイは首をかしげた。
魔族の知り合いはいないし、闘った覚えもない。
南風之宮の結界でのことを言っているのだろうか? だが、つい先程の出来事に相変わらずなどと言うものだろうか。
とりとめもなく考えていた彼の視界の隅で、魔族の死骸がざわりと動いた。
「! まだ生きて、」
彼は急いで身構えてそちらに向き直った。だが、死骸はぐったりと横たわったまま、微動だにしなかった。
動いたのは……
「うわああっ」
彼は思わず悲鳴を上げて、勢いよく後ずさった。
死骸の見開かれた眼球が、急激にどろりと腐り落ちたのだ。