第十七章 性豪-1
舞は車の後部座席から窓の外を眺めていた。車はかなりのスピードで走っているが、同じ壁が長い間続いている。都心とは思えないこの景色に、舞は見覚えがあった。
それは、モデルとしてデビューして間もないころだった。舞の美貌に惚れ込んだ所属会社の社長が、舞を売り出すために最初に挨拶に出向いたのがこの邸宅だった。
そこで、とても穏やかな初老の紳士、隆造と短い会話をした。社長は紳士を、この世界での舞の父親だと照会し、舞も素敵に紳士をお父さまと呼んだ。舞には、とても素敵なおじ様といった印象であったが、普段は強面の社長が落ち着かず、終始低姿勢でびっしょりと汗をかいていたのが可笑しかった。
大きな門を潜り、しばらく走ると建物が見えて来た。古い洋館の前で車が止まる。辺りはすっかり暗くなっていた。
屈強そうな男性が現れ車のドアが開かれる。男性は舞を建物に招き入れると静かに舞に語り掛けた。
「主人がお待ちになっています。右手の廊下を進んで下さい。暗いですから足元に気をつけて。少し歩きますがこの建物の一番奥、突き当たりの部屋が主人の部屋です。」
「ありがとう。」
舞が応えると男性は優しい笑顔で右手を廊下へと差し出した。舞はその手に導かれるように歩き出した。物音一つしない長い廊下を歩いていると、夢の中を歩いているような気がした。
あんなに激しく愛し合った堅治が、自分を他人に抱かせて子供を生ませるなど、信じられないことだった。しかも、その最初の相手が舞の知るあのおじ様であるなど、偶然にしてはあまりにも不自然に思えた。もし、夢でなければ、ちょっと意地悪な悪戯であるような気さえしてきた。
正面にドアが見えて来た。震え出しそうな違和感が足元から這い上がってくる。現実に引き戻される。悪戯であればどんなに良いか。でも、もしこれが悪戯でないのなら・・・
初めての相手があの素敵なおじ様であれば・・・
ドアの前で立ち止まり、ノックをしようと右手を握る。体が震えているのが分かる。もし、これが現実でも、舞はここで勉強をするだけ。そうよ、経験を積んで・・・ 賢治にもう一度、愛されるの・・・
震える手でドアを叩く。