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掴み取れない泡沫
【大人 恋愛小説】

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22.太田塁-1

 ベッドを組み立てると、智樹の部屋なのに智樹の部屋に見えなくなったのが不思議だった。
「ベッドカバーも買って来ないとね」
 なんて矢部君は言っていた。これからどんどん「愛の巣」加減が加速して行くんだろうなぁと思いながら部屋を後にした。複雑な気分だ。もうこの部屋に泊まりにくる事もなくなるかも知れない。
 レンタカーに乗って家まで送ってもらったけれど、こいつらは家に帰ったら二人暮らし開始なのか、と思うと、何だか。何だか。

 散らかったフローリーングにごろりと横になる。真夏でもフローリングはひんやりしていて、積極的に肌を押し当てる。
 大好きな二人が一緒に暮らし始める事はとても嬉しい事なのに、何だ、この虚無感は。喜ばしい事の筈なのに。俺のどこかに虚言癖が隠れ潜んでいるのかもしれない。二人に幸せになって欲しいと思っていても、どこかで「俺も連れて行ってくれ」そんな風に思っているんだろう。矢部君が、智樹が、お互いの事を引きずっている事を知って、キューピッド役を買って出たのは俺なのに、そこに「置いて行かないでくれ」と縋っている自分がいる。仕事帰りに矢部君がふらりとうちに寄る事なんてなくなるんだろう。
 おかしいなぁ。俺は一人でいいはずなのに。腕に巻いているブレスレットを見つめる。
「ひとりになっちゃったねぇ」
 誰にともなく俺は声に出して言う。
 意識していないけれど、気付くと目の横を生温い液体が重力の法則に従って落ちて行き、こめかみのあたりに吸収されて行く。一人は慣れている。フランスでは殆ど一人だった。でもそれとは違う。孤独感を伴う「一人」。自分では認めたくない「一人」。
 矢部君とキスをした事を思い出す。智樹とキスをした事を思い出す。この部屋で、あの瞬間俺は、彼らと一瞬だけつながって、それから切り離された。いつかは終わる事だったんだ。その「いつか」が訪れただけなのだ。
 立ち上がり、パソコンデスクに向かった。海で拾った、不思議な色をした貝が置いてある。白熱灯の光を受けてもやはり、不思議な色を反射する。コンコンと指で叩いて固さを確かめる。結構固い。フランスにいる時、絵画だけではなく、金属や石の加工も学んだ。この貝を加工して、何か作れないだろうかとぼんやり考える。パソコンデスクに脚を乗せ、頭の後ろに手を組むのが俺の思考スタイルだ。


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