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白面の鬼
【ホラー その他小説】

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白面の鬼-5

「私は今までどうしていたんだ?」
 私がそう訊ねると、マグナスは私が見ていた聖母子像を見やった。
「君は肉体的な死に見舞われ、丸一日眠っていたんだよ。目を覚ましたと言うことは新しく生まれ変わったと言うことだ。これから君はその新しい身体の事を深く学ばねばならない。人間としての知識は豊富に備えているだろうが、私の仲間としてはまだ君は赤子なのだからね…」
 マグナスの言葉に、私は今更ながらに苦々しい思いがした。フィリップの謀略さえなければ、こんな汚らわしい肉体に生まれ変わることもなかったというのに。
「それで、此処に私を運んでくれたのはお前なのか?私がいなくなって処刑はどうなった?」
「勿論、私以外に誰がいる?処刑はジョフロワと同じく替え玉で行われたよ。君のお仲間は火刑台の上で何事か呪いの言葉を吐いていたな…。ええっと、我等に仇なせし者に災いあれ…だったか。我等が無念は神によって晴らされん、とも言っていたかな。何せ昼間のことは私にはよく分からないのでね」
 マグナスの言葉に、私の心はじくじくと傷口を開け、悲しみと怒りの血を垂れ流した。この世に神がいるのなら、どうして我が同胞達がこの様な無惨な目に遭わされなければならないのか。神が我等にその目を向けずよそ見をしているというのなら、私の替え玉となった同胞の呪いは、この私の手で成就させてみせる。私は矢も楯もたまらずにベッドから跳ね起きたが、マグナスはその私の前に立ちはだかった。
「ジャック、何処へ行くつもりだ?」
「馴れ馴れしく我が名を口にするな悪魔めっ!私はお前がそそのかしたように、我が同胞達の仇を討ちに行くのだ」
 私は荒々しくマグナスの肩を掴んだが、マグナスはその手を取ると私をベッドに上に引き倒し、鋭い爪で頬を切り裂いた。一瞬の出来事に驚いた私は怒りも忘れ、声も出なかったが、次の瞬間更に驚くべき事が起こった。私の切り裂かれた頬はその傷を瞬時に埋め、流れ出ていた血も跡形もなく消え去ったのだ。わずかに残った痛みは違和感へと変わり、それすらもすぐに無くなる。驚いた顔をしている私に、マグナスは静かに囁いた。
「だから言ったろう、友よ。君はまだ赤子なのだ。自分の身体の事をまるで知らない。今、君が此処を出ていっても、その特性を知らずに危機的状況に陥るかも知れない。だから友よ、君は学ばねばならないのだ」
 マグナスのその言葉に私は固唾を飲み、そして静かに頷いた。私が素直に頷いたのでマグナスは険しかった顔をこれまで通り穏やかな表情に変え、そして強く掴んでいた私の手首を解放してくれた。
「君の逸る気持ちは分かるが、クレメンスも莫迦ではないしフィリップは曲がりなりにも国王だ。いくら私達でもおいそれと手に掛けられるものではない。暫くは私と共に行動し、その身体の特性や弱点を学ぶ方が良いだろう…」
 マグナスの言うことはもっともで、私は改めて彼の言葉に従うことにした。そもそも、私はこの屋敷が何処にあるかと言うことすら知らないのだ。
 それから何日か、私はマグナスに従って身体の特性を学び、狩りを学んだ。狩りの獲物は勿論人間であったが、私はその狩り自体もそうだが、人間を殺して血を啜るその行為を狩りと呼ぶマグナスにも嫌悪を感じた。
「他の生命の命を奪い、自分の糧とするのは人間も変わらない。我々はたまさか人間を餌としているだけで、そう言う食物連鎖があると思えばいい。いわば私達は生態系の頂点に君臨しているのさ…」
 マグナスはそう言って血の滴る白い牙を剥き出しに笑うが、私は胸のむかつきを抑えられなかった。しかしマグナスはそんな私を見て、何時かは慣れるだろうという風に考え、特に狩りを無理強いしなかった。そして、それは正しかった。
 結局、私を狩りに突き動かしたのは慣れではなく、飢えだったのだが。人間の食べ物を受け付けなくなった私は空腹と、そして何より酷い乾きを覚えた。そして、マグナスに誘われるままにふらふらと夜の街へと繰り出した。朦朧としてはいたが、私の理性はまだ健在で、自ら狩りをしようなどとは夢にも思っていなかったのだが、路地裏で浮浪者が私に無心してきたとき、私は無意識に懐の金貨を見せ、近づいてきた男の首筋に牙を立てていた。気が付くと私は浮浪者の屍の上に立っており、側にはにやにやと薄笑いを浮かべたマグナスが立っていた。私は自分の浅ましさと理性の無さを恨めしく思ったが、それ以来は狩りをして、人間を襲うことにもある程度嫌悪感を感じなくなった。私が餌と決めたのは、通り魔や強盗の類で、悪意を世の中から排除しているという意識を持つことで、後ろめたさを追いやったのだ。勿論、人間を殺しているという罪悪感はいつも心のどこかにつきまとっていたが、やがて、そんな感覚にも鈍くなっていった。


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