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白面の鬼
【ホラー その他小説】

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白面の鬼-3

「やれやれ、少しは冷静になって欲しいものだね。私には怒りを向けられるのに、どうして人間には怒りを向けられないのか…」
 私が静かになったのを見計らって、マグナスは溜息混じりにそう呟いた。私はその言葉に再び怒りを感じたが、それと同時にマグナスの言葉は全く真実を突いていることに私は気付かされた。いつの間にか今の境遇に甘んじ、戦うことを忘れていた自分に気付いたのだ。私が声を荒げたのも、マグナスへの怒りは勿論のこと、どうにもならない境遇に腹を立ててのことなのだろう。しかし、改めて自分を陥れた者を呪ったところで、その境遇は何ら変わることはない。そしてそれを変える唯一の手段としては、このマグナスの仲間になる他はない。彼と同じ超越的な力を手に入れること以外は、自分の境遇を変える方法はないのだ。
「まあ、どうだっていいさ。君には分からないだろうが、永世を生きる私にとって、時の流れという物はひどく緩慢で、とてつもなく退屈な物なんだ。だから君を仲間に迎えようと思ったのだが、君の言う通り、強要していると思われても面白くない。だから、私は私の娯楽の為だけに此処に来ることにしよう。自分の人生を嘆き、悲嘆に暮れる君を見ることは、あまり良い娯楽とは言えないがね。それでも、教会で肥え太っている豚共を見るよりは余程良い…」
 マグナスという悪魔は、どこまで人を嘲弄すれば気が済むのだろう。それがマグナスを喜ばすこととなっても、私は怒りを抑えることができなかった。
「消え去れっ!この薄汚い悪魔めっ!私の前から姿を消せっ!!」
 ヒステリックに叫ぶ私を見て、マグナスは呆れた顔で立ち上がり、それと同時に、私が騒いだお陰で看守共が鍵の束を鳴らしてこちらへ向かってくる音が聞こえた。さすがにこの厚顔の悪魔も、私以外の目に触れることを憚ったのか、昨晩と同様に、暗い闇の中へと溶け込み、やがて消えていった。私は高ぶりを暫くは抑えられなかったが、やはり、昨晩と同様に眠気が襲い、私は深い眠りについてしまった。
 そして翌日も、その翌日も、マグナスは私の元へ現れ、自分勝手に世間話をしては帰っていった。最初の内は耳を塞いで怒鳴り散らしていた私も、日参するマグナスに根負けし、好き勝手に話をさせるようになった。マグナスの話す内容というのはいつも他愛のない物で、どこそこの伯爵夫人は浮気をしているだの、誰それ侯爵は寝る前に必ず足の爪を噛むだの、そんなくだらない話ばかりであった。私としては、私を陥れた教皇クレメンスがどんな事をしているのか、彼の政治的な弱味はないのか、或いは、同じく投獄されている仲間の安否を聞きたかったのだが、意図的にかもしれないが、マグナスはそうした話題には一切触れなかった。私の方としても、マグナスに情報提供を頼むことは死んでもしたくはなかったので苛立ちを隠し、マグナスの話すに任せた。マグナスに言わせれば、やはりそんなプライドもくだらない事なのかも知れないが。しかし、抜け目のない悪魔、マグナスはそんな私の心情をちゃんと理解していたのだ。
 それは私が火刑に処せられる前日のことであった。たまりかねた私は、ついに仲間の安否を尋ねてしまった。
「くだらない話はやめてくれ。それより、罪を認めた他の団員達はどうなった?ジョフロワはまだ罪を認めてはいないのか?」
 私は渇いた舌をもつれさせながら、しかしはっきりとそう口にした。マグナスは私が今まで黙りを決め込んでいたのにも関わらず急に饒舌になったので些か目を丸くしていたが、やがて愁いを帯びた表情でかぶりを振った。
「どちらがくだらない話かはこの際置いておこう。しかし、その事を聞くことに一体どんな意味がある?お前は私の助けを拒んだ。そして死に殉じるというのだ。それなら、せめてお前が安らかに火刑に処せられるよう、私なりに気を使っていたつもりなのだが。それに、ジョフロワはお前と同じように死に殉じようとしている。明日になれば、彼のやつれた横顔は君の隣に並ぶのだ。なら、ここで彼のことを訊いて、心を千々に乱すことも無かろう…」
 マグナスの言うことは理に適っていた。数時間後には私は火刑台に上がる。団員達の事を訊いても、私には今更どうする事もできないのだ。
「…おのれ、クレメンスの豚めっ!!」
 私はどうしようもなく、私達を陥れた教皇の名に唾を吐きかけた。マグナスはそんな私を冷徹に見つめ、そして背を向けると鷹揚に手を振った。
「さようなら、友よ。これまでの数日間、私は時代に触れることが出来て楽しかったよ」
 マグナスの別れの挨拶に私は焦った。このままマグナスを帰しては、私に復讐のチャンスはなくなる。
「待て、マグナス。私を友と呼ぶのなら、騎士団の仲間のことを教えてくれ。罪を認めたものは助かったのか?ジョフロワは今どうしている?クレメンスはっ!?」
 私は立ち去ろうとするマグナスを必死に呼び止めた。そして、その言葉に引き留められたマグナスは再び私の方へと向き直り、膝を折って私の側に座った。そして、しゅうしゅうと生臭い息を吐きながら、驚きの事実を告げた。


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