隣の青い鳥-1
僕は大学の実験室で、フラスコの中のポコポコ泡立つ液体を見つめていた。
「何の実験だ?」
女教授が後ろから覗き込んで声をかける。
「アルミニウムと塩酸の化学反応」
水素が発生中。
「そうか……何かあったのか?」
僕がこんな中学生理科のような実験をする時は、考え事がある時。
教授は良く知っている。
「……議題1……」
僕は発生している水素を試験管に溜めながらポツリと呟いた。
「5歳年上の又従姉である女性を酔った勢いで抱いたら思いの外気持ち良く……その後、軟禁状態でひと晩中抱き続けたのは恋か否か」
ガチャガチャ パリーン
僕の言葉を聞いて、実験室で作業していた院生や助教授が実験器具をお手玉したあげく割ったりもしたが……そこはスルー。
「……ふむ……絶倫のクセに淡白なお前にしては珍しい話だな……」
教授は赤いハイヒールを履いた脚で椅子を引き寄せると、どっかりと座り長い脚を組む。
そして、おもむろにタバコに火をつけてフゥーと煙を吐き出した。
「話せ」
教授は面白そうな顔で僕に先を促す。
教授が何で僕の事をこんなにも知っているのかと言うと、教授が僕の元カノだからだ。
彼女と言うか一方的に喰われていただけなんだが……まあ、そんな事はどうでもいい……問題は、こんな事を考え込んでいる僕だ。
「さっき言った通りですよ?」
「それで?」
「いや、だから恋か否かって言う……」
「そうやって考えている時点で恋とは言えないか?」
それも一理ある。
「でも、ただの性欲処理かもしれないですよね?」
一応、20歳のヤりたい盛りだ……現に教授との関係はそうだった。
「そうだな……じゃあ聞くが……お前が私と寝ていた時、私に他にも男が居たのは知っていたな?」
「はあ……知ってましたケド」
「それを知った時、どう思った?」
「淫乱」
ブスッ
ハイヒールの踵が見事にふくらはぎに刺さり、思わずしゃがんで足を擦る。
「質問を変える……もし、その又従姉にも他に男が居たら?」
僕は教授に言われた言葉を頭の中で循環させた。
詩緒姉に男?それは僕じゃなくて誰か違う男があの躰を抱くという……そこまで考えた僕は無性に腹が立ってバッと立ち上がる。
「くくっ……良い顔するじゃないか、亨。どうやらお前にも感情があったようだ」
ふーふーと鼻息が荒くなった僕に、教授は失礼な言葉を投げかけてさも可笑しそうに笑った。
「……恋ってのはこんなにも苛つくもんですか?」
普通はウキウキワクワクして幸せに浸れるものじゃ?
「状況による……昨日は幸せだったろ?」
僕は昨夜の事に思いを馳せる。