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【サイコ その他小説】

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こんこん

美術室の扉がノックされた。

「どうぞ」

と彼女は答える。泣きぼくろに触れた。

扉の外から現れたのは少し気の弱そうな男。しかし体は大きく筋肉質であった。彼女と同じ学校の生徒であることが、制服から判断される。ちなみに彼女は私服姿である。

「こ、こんにちは…あ、いや、こんばんは、かな?」

男は彼女と視線を合わせたり外したりを繰り返しながら、挨拶をした。

「ええ、こんばんは」

彼女も挨拶を返す。表情は微笑。ただし笑みの正体は、男と会えて嬉しいといったものではない。

「ごめんなさいね。こんな休日に呼び出してしまって」

「あ、ううん。いいんだ。それより、あの…用事って?」

彼女は泣きぼくろに手を伸ばす。触れた。

「さようなら」

彼女は用件を言わずに、別れの挨拶をした。

ばん、と板を強く打ちつける音がして男の腹の中が破裂した。

彼女の白衣は血とリンパ液で少し汚れた。


この空間―美術室のことを、彼女自身は、秘密基地、と呼称していた。それはその名の通り、公にしていない基地、という意味であり、公にしてない、ということは皆には隠してある、という意味意外に他ならない。

しかしてこの空間は彼女が不動産屋で買い取ったものではない。彼女が勝手に乗っ取っただけである。それでも彼女は誰からにも深く咎められたことは無い。二言三言叱られた事はあるが、彼女が少し胸を押し付けて、上目遣いで視線を絡ませるだけで、もしくは自分の無責任な行動のために皆さんに迷惑をかけてしまい、申し訳ないです。しかしこれは飽くまで私の創作意欲の表れなんのです。と言ってそれとなく涙を流すのだ。すると「あっ、あー、まあ今回だけは見逃してやろう。しかし今回だけだぞ」と一人で独り言を言ってどこかにいってしまうのだ(ただし男性に限る)。

という訳で彼女が独占し、彼女だけのアトリエとなったこの教室は、彼女好みの秘密基地と呼んで然るべき仕掛けや調度、コレクションで溢れている。鍵も無断で変えたため誰も入って来られない…というより美術部はいないし、美術担当の教師もいなくなり、そのため美術の授業がなくなった今、この空間に用件のある者などいない。故に彼女は安心して彼女自身の活動に専念することが出来る。


まずは下準備から。脇の上、腕の始まり、詰まるとこ肩に沿って切り口を入れる。次に肩口から肩口へ、鎖骨の上に真横に切り目を入れ、腰も体に沿って丸い薄く傷を入れる。ウエストの部分と言うと判りやすいかもしれない。最後に脇に下からわき腹を通し腰まで到達、切り目を繋げる。すると、胸から腰にかけて、四角く、他の部分と繋がっていない皮膚がある、というのが理解できるだろうか?

べりべりべりべり、びっ。

皮を剥いだ。

腹から胸にかけて桃色の筋肉がくっきりはっきりと現れ、彼女は剥がし取った皮を机の上に優しく置いた。下に血管等が走っているので、普段は気づきにくいが、人間の皮の色って、意外に薄い。肌色というには程遠い色合いで、少し黄身がかった白濁色だ。100人の人間がこれを見て、果たして何人がこれを美しいと呼ぶだろうか?恐らく0人だろう。

男を裏返し、肩甲骨の上に前面部と同じように横向きに切れ目。

べりべりべりべり。

これで首の胴回りの皮膚は一切無くなった。

その後も、全身に薄く切れ目を入れて、各パーツごとに丁寧に皮を剥ぎとってゆく作業を淡々と続ける。

数分後、彼女は人骨ナイフを脇に置き、一息ついた。ふう。眼前には、透明人間になり損ねたような、血管と筋肉の浮き出た、理科室においてある人体模型に酷似したものが。当たり前だがこの作業、男を床の上に置いて、肉体を何度も引っくり返して行うと物凄く体力を消費する。そうでなくても男の体は死後硬直により、動かしにくくなっているのだから。しかしこの秘密基地は彼女が自分のためにいじくった部屋であり、それくらいの措置はしてある。

男の足には鋭い天井から伸びた鉤爪が左右一本ずつ貫通しており、天井からぶら下げられ、ちょうど鮟鱇(あんこう)の吊るし切りに似ている。

彼女は大きく背伸びをして、皮膚の剥離の為に少々鉛を感じる腕を振るう。その後、ごくごく何でもにことをするような、鉛筆をナイフで削るようななんでもない表情で、人骨ナイフを下腹部に思い切り差し込んだ。そしてそのまま下に下に裂いていく。彼女は今回、人皮を欲していたが肉体そのものは必要としていなかった。そのため、ナイフを握る手は相当荒っぽい。

腹筋を切り終え、そのまま胸に至り、肋骨の先端を数欠片跳ね飛ばし、喉仏を真っ二つに分割し、そのナイフはあごの骨にぶちあたり、彼女はいったんナイフを引き抜き、ほとんど叩き付ける様にあごを切りつけ、その勢いで鼻までを一気に切り下げ、歯が数本弾け飛び、頬にぶつかってきたが、そんなことはそんなことは全く意に介せず、全体重をかけて、額を割り、ついにナイフは頭頂まで達した。重力に耐え切れず、頭の割れ目からピンク色の脳味噌がどろりどろりと溢れ落ち、血が行き届くことが無くなり、どす黒くなった内臓器官が水っぽい音を立てて床に落ちた。びちゃり。

幾匹の蛇がのたくり合い、絡まりあったかのような形の、曲がりくねった湿っぽい肉の塊を見ながら彼女は、ナイフが途中で折れていることに気づく。大方、猛烈に湯気を上げっている脳味噌の中にでも混ざっているのだろう。また新しいのを作らなければと思った。思っただけで彼女は特に何もしなかった。


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