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そこから先は、とんとん拍子に上手くいった。
彼女は手法を完全にモノにし、沢山の賞を受賞した。才色兼備となった自分の耳に、罵り嘲り謗りの類は全く入ってこず、ただただ、尊敬の言葉しか聞こえるものは無かった。
だが、人間は満足できない生物で有名だ。
彼女が三年生になり、二学期になり、初雪が降る頃。皆が受験に向けてあせり始めた頃、彼女はもう少し、自分の手法に手を加えられないか、考えていた。
試行錯誤の日々。血、と一口に言ってもそれはいろいろある。心臓付近と、手足の血は違うと思い、いろんな場所を切りつけてみたが、大した変化は見られなかったし、他にも色んな物(唾液とか、尿とか)を絵の具に混ぜてみたがいまいち良くない。
「うーん、今一つ、よろしくないですね」
そう呟き、気晴らしに散歩に出ることにした。歩きながら、意味も無く自分の泣きぼくろを触る。その時
「ずわーっ!!」
目の前で、こけた。小学生の男の子が。
「あらあら、大丈夫?」
「へっ、これくらい屁でもねえよ!」
そう威勢良く男の子は答え、立ち上がった。が、目じりには涙が浮かんでいる。
「うおお!血だよ血!おねーちゃん、俺!血ぃ出てるよ!」
男の子が急に騒ぎ出す。膝が擦りむけて、血が。この寒いのに短パンなんぞはくからだ。
「まあまあ、大変ねぇ」
心配してるんだか、してないんだか、よく分からない返答を彼女はした。
「別にー!これくらいいつものことさ!」
しかし少年は全くもって気にせず、強がった言葉を返す。
元気だなあ。心の中も表情でも朗らかに笑い、彼女はハンカチを出す。男の子の膝の具合を覗き込んで、彼女は気づく。
私の血と、少し違うような…
同じ人間生物の血液とは言え、血液型、栄養バランスや健康量、果てはストレスなどの関係もあり、全く同じ血液を持つ人間は、この世に居ない。そのことに、彼女は気づいた。
この子の血はどんな赤になるのだろうか?
そしてそれは、瞬時のうちに疑問に変る。
「ねえ君、手当てをしてあげるから家にいらっしゃいな」
繰り返すが彼女は美人だ。小学生とは言え、このような美人に誘われたら、
「う、うん」
と答えるしかあるまい。
その翌日のニュースでは、小学生男子が1人行方不明になったと、報じられていた。
始めて人を殺したその日から、もう二年が経つ。あの少年は言ってみれば「初めての人」というわけだ。その二年の間は血だけに限定せず、人体のあらゆる場所を使った芸術の開発に力を注いできた。
「ふう…」
と、一息。ここは彼女が通う高校の美術室。ここは最早、彼女の占有空間となっている。なぜかと言えば、それは彼女以外の美術部員、並びに、美術を担当に持つ教員が、全員死んだか行方不明になっていしまったからである。理由は未だにわかってはいない。あくまでそれは、世間的には、という話だが。
〈ザ…ザ、ザ。ザー……という訳で今週からは本格的に暖かくなり始めるでしょう。
続いてニュースです〉
彼女は白衣を着て、自分が持ち込んだラジオの電源を入れた。約束の時間までの暇つぶしに他ならないが。
〈また、行方不明者が現れました。昨夜11時頃、コンビニにコピーをとりに行くと言って家を出た、茎本里香さん17歳が…〉
「へえ…」
ニュースを聞いて何やら楽しそうな顔つきになる彼女。昨日自分は家でじっとしていたから、今しがた報道されたことは自分とは無関係の話だ。
自分以外の人外がまだこの町にいるのか…
そう考えると無性に腹が立つ。同時に、嬉しいような気もする。自分以外の何者かに自分の島を荒らされるのは不快以外の何者でもないが、彼女は常に緊張感を持ち、それを楽しむタイプの人間…ではなく人外だったため、ある程度の障害は、単なる刺激物だと思ってその状況に期待を抱いた。小さな殺人鬼さんのように、あまりにパワーバランスを無視した存在で無い限りは。
とは言うものの、先ほどの事件が人外の仕業とは限りませんけどね。
もちろん、人外ではなく、一般人が起こした事件だということも、十分ありえる。というか後者のほうが圧倒的に確立としては高いだろう。
それでも、ある程度の警戒は怠りませんが…
〈では、また明日。〉
キャスターが頭を下げた。もちろんラジオなので目に見えるわけではないのだが、まあそれはそれだ。ちなみにこのニュースが終わる時刻は19時ジャスト。今日、ここで会おうと言った待ち合わせの時刻も、19時である。