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ある日、彼女は悩んでいた。ある日とは言ってもかなり前…3年ほど前になるだろうか?
彼女は中学生の時代も美術部に所属していた。部員の数は55人とべらぼうに多く、と同時にその学校の美術部は、全国的に見てもトップクラスの実績を誇っていた。
彼女は中学生の頃から美しい容貌を持っていた。そのまま芸能界に入っても全く違和感の無いほどの整った顔立ち。全体的にあどけなさが残っているようで、しかし動作がいちいち大人っぽいかった。並の中学生がすれば、ただ大人ぶってみました丸出しの仕草を、彼女は艶かしく、かつ上品にこなして見せた。その上本人に自覚が無かったというのだから驚きだ。
それが仇となったのだろうか?当時の美術部顧問、引倉主澄(当時39歳・未婚・♂)は彼女に対し、それはもう大層に、贔屓をした。
その態度から、まあ男はともかく、女子連中には、それはもう大層に、不快を感じた。
別段、彼女はそれ(軽蔑的な視線で見られることや、気を良くしない噂など)を気にしなかったようだが、しかし、彼女が二年生の一学期、蝉が鳴き始める時、決定的なことが起きた。
彼女の作品がとある賞に入選した。
彼女の実力は、容姿と同じくかなりのトップクラス…とはいかず、まあ、美術部の強い学校の名に恥じない程度の腕前なのだった(部の顧問の指導は熱心なものではあったが、それは「美術」に対する情熱ではないのは、語るまでも無いだろう)。
でもって、そのとある賞というのは、割りと有名な賞であって、彼女の半端な実力で受賞できたのは、はっきり言って間違っている。
そうなるともう受賞できた理由は一つしかない。顧問が裏で裏工作をこそこそしていたからだ。
さあ、大変だ。これまで実害の無かった美術部員たち(大半が女子で構成)が次々といじめ要素のある行為をしでかしてきた。
てめーちょっと可愛いからっていい気になんなよみんな知ってんだぞ引倉に体売ってんだろー澄ました面したんじゃないよあたしのほうがあんたよりよっぽど良い物描けるつーのふざけんなこの売春女がこの卑怯なんだよ何か言ってみなよなにため息なんて付いてんだよ腹立つどうせ後で引倉んとこに泣きつきに行くんだろ。等等。その場は美術部男子の介入によって事なきを得た(そういう辺りも女子にとっては腹立たしいことなのかも知れないが)が、彼女はさらに困った事態に転がり込んだ。
「ねえ君、今回君が入選したのは僕のお陰だということは気づいているね?」
騒ぎがあったその日の夕刻。騒動があったとは毛ほども思っていない顧問に「君、ちょっと残ってくれないか」と言い渡され、美術室に1人残った彼女は、顧問に口元でそう囁かれた。
「さあ」
と素直に答えたところ。
「ふふふっ。可愛いなあ」
と訳の分からないことを言われた。
「とにかくねえ、僕の言うとおりにしていれば、これからもいろいろと、いい目を見れるからねえ」
耳元でねちっこく喋られ、少しばかりうっとおしくなってきた。ので、
「帰ります」
と一言だけ言ってその場を後にした。顧問は何か面白いことでも思い出したのか、「うふふ、ふふふっ」と気持ち悪く笑っていた。
そんなこんなで彼女は困っていた。
部員からは罵詈雑言をひっきりなしに浴びせかけられるし、顧問はやたらと肉体的接触を求めてくるし。
「はあ…」
思わずため息が。
原因は主に二つあると考えられる。自分の容姿と絵の腕の問題である。
もちろん彼女は自分が不細工に成り変るつもりはさらさら無い。実はこの顔、結構気に入っているのだ。
じゃあ、腕を上げよう。絵のレベルが高ければ、誰からも不正だインチキだと言われることはないだろう。しかし言うのは簡単だが、実際、それを実現化するのは難しい。
「はあ…」
思わずため息が。
彼女は気分を変えようと思って、ネットサーフィンをしてみた。そしてとある投稿小説のサイトを発見。アマチュアのサイトだったことは覚えている。そこまではうっすらと覚えてはいるのだが、どんなものを読んだかは全く覚えてはいない。頭の中は学校のことで一杯だったから。
だが、だがしかし、自分はとある小説を読んで、何かを思いついた。今思えば、それが『踏み外し』た瞬間だったのだろう。
次の日、学校を休んで一人で絵を描いた。
描いた絵は自分の好きな、空も地面も、海も森も、自然も人工物も、すべてが紫一色に染まる、逢魔が時の一コマ。
紫の色を作り出すには、もちろん赤が必要だ。
彼女は、(題名すら覚えていないが)あの小説を読んだ瞬間、絵の具の変わりに血液を使用するという、ぶち抜けた手法を考え付いた。
もちろん、絵の具と血は全然違う。血は絵の具よりもサラサラしているし、時間が立つとすぐに黒くなるし、大量に使うと臭う。
だからと言って彼女は諦めない。絵の具と血がうまく混じる、というより共演してくれるという表現の方がいいか?とにかくそれの黄金比を探し続けた。何度も貧血の眩暈に襲われながら、手首を切って赤を流し続けた。
そしてついに彼女はそれを見つけ、絵を完成させた。
「うわあ…」
自分で書いた絵だというのに、彼女は思わず言葉を失った。その時の気持ちは今も忘れていはいない。
逢魔が時の風景の紫は、悪魔のような美しさだった。