(秋編)-6
「ユキタ ミツエさんですか…今度の撮影のスケジュールが決まりましたので連絡させていた
だきます…一週間後、シンガポールです…ミセス向けの高級下着の撮影ですがよろしいですね
…フランスの一流下着メーカーがスポンサーです…下着姿は初めてだって…大丈夫ですよ…
ミツエさんなら、きっといい写真が撮れるのは間違いありません…
それと、まだ秘密なのですが、ミツエさんのボンテージ姿の写真集を企画しています…
ニューヨーク滞在の写真家のK氏から、突然、国際電話があり、ぜひミツエさんを撮りたいと
の申し出がありましてね…私もびっくりですよ…
彼は、今、世界的にも一番注目されている写真家ですからね…少しSMっぽい写真になります
が、彼の希望ですよ…ミツエさんのエロスを存分に表現したいらしいです…撮影場所は、おそ
らくニューヨークですね…出来上がったら、売れること間違いなしですよ…」
いつもの雑誌社の編集長からの電話だった。
ふと、懐かしい金木犀の香りがどこからか漂ってくる。そのとき、すっと凪いだような私の心
の水面が、その香りを深く吸い込む。
トラックの運転手をしていた頃、私は自分を変えようとも変わりたいとも思っていなかった。
でも、私は変わったのだ…そう…キムラさんが私を変えてくれたのだと思う。
いや… ほんとうは、自分が決して見ようとしなかった自分を、素直に見つめ始めることが
できるようになっただけかもしれない。
キムラさんが澄みきった遠い秋空の果てから、優しく微笑んでいるような気がした。
彼を忘れることなんて、やっぱりできそうもないけど、ふたたび誰か愛する人と出会えたら…
いや、私はきっとそんな人と出会えるような気がした。そしたら、私はキムラさん以上の恋を
することができるかもしれないと思った。
そう思うことが、キムラさんが私に残した願いだと思っている…。