南風之宮にて 3-3
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進軍する『それら』の姿に、ハヅルは息を呑み込んだ。
最初に目に映ったのは、大小でこぼこの奇妙な軍隊のシルエットだ。
だが近付くにつれそのいびつな影の、奇妙どころでない異様な正体が明らかになった。
ゼリー状の質感の、無数の血走った眼球が全身に散っている巨人。
ぶよぶよと湿りを帯びた肉感の、触手の集合体のような不定形の怪物。
まともな動物を複数組み合わせたような姿のものもいる。
対になっていない不揃いなコウモリ翼を、いくつも胴体から突き出させた大蛇や、人の女のものに酷似した手足を、だらりと垂らした巨大な蝶。
三つ首の、筋肉を剥き出した無毛の狼。
それらの整然と進軍するグロテスクな様に、エイがウッとうめいて口元を覆った。
「あれは……?」
多分に怯えを含んだ、嫌悪感むき出しの声音でエイが囁く。
「あれは魔族だ。なぜ結界のこんな近くに」
「魔族……」
エイはつとめて目を逸らそうとしていた。
「初めて見た……あんなに気持ち悪いものなんだ」
ハヅルは戸惑って彼を見た。確かに気持ちの良い見た目ではないが、エイの反応は彼女には過剰なように思えたのだ。
しかし彼女は、顔色を青くしてかすかに震える彼の姿に、自分が『魔族を眼前にした人間』を目にするのが初めてだと気付いた。
そして思い出したのが、女官が後宮の庭に這い出る蛇に悲鳴を上げる光景だった。
王女がいたって平気そうにそれらを眺めていたので、どちらの対応が人として普通なのかハヅルには判断がついていなかったのだが、こうして見ると、エイの様子はそのときの女官と同様のものに見えた。
ツミの一族には、手足の多いものや無いもの、ぬるりとした質感のものを生理的に嫌悪する感覚はない。
エイの魔族に対する反応は、だから過剰なわけではなく、人間としては通常のものなのかもしれない。
「トカゲや蛇も嫌いか?」
「……あんまり得意じゃない。虫とかダメかも。情けないね」
そう言って、エイは弱々しく微笑んだ。
ツミの一族が、雑食の鴉や犬猫のような小型獣を、脅威でも何でもないのに本能的に忌み嫌ってしまうのと似たようなものなのだろう。ハヅルは勝手にそう解釈し、納得した。
エイが、気を取り直すように背筋を伸ばした。
「ここに残されるのはぞっとしないけど……何とかするよ」
「残される?」
彼の言葉にハヅルは首をかしげた。
そんな彼女の反応に、エイの方が怪訝な顔をした。
「神域結界を出たら、君は変身して行くという計画では?」
「いや……」