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王国の鳥
【ファンタジー その他小説】

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南風之宮にて 3-4


 このまま飛んで行くわけにはいかない。

 結界には魔族の『力』――ツミの持つような魔法に類する力のバリエーション――を減じる作用はあるが、腕力の強さや動きの素早さに干渉することはできないのだ。並の人間では相手にならない。
 魔法使いを神官としておいている神殿もあるが、南風之宮の神官はただの人だ。魔族を斃す力など持っていない。
 結界に完全に侵入する前に……ハヅルが力を行使できるこの場所で、食い止めなければならなかった。
 でなければアハトは変化無しで、王家の兄妹を守りながら魔族を相手にしなければならなくなる。

「予定変更だ。魔族だけは片づけていく」

「えっ」

 エイは大げさに驚きの声をあげた。

「ほ、本気で言ってる?」

「冗談に聞こえるか?」

 ハヅルは真顔で質した。

「いくら結界内でも、人間態のアハト一人であの数の相手は無理だ」

「でもあんな数をどうやって」

「上から一度に叩く」

「上から……」

 どういう意味かと問おうとしたのだろう。だが彼は最後まで口にしなかった。
 彼の視線は、ハヅルを逸れて彼女の背後に留まっている。何事が、とハヅルは首をめぐらせた。

「! 気付かれ…」

 エイの目つきが鋭くなる。

 彼の早い目に映ったのは、赤剥けた粘膜のような表皮にまばらに長い黒髪のような毛を生やした魔族だった。
 いびつな球形にぼこぼこと無作為に突起が飛び出た頭部とおぼしき部位と、下の胴体との境がくびれていて、そのバランスがどこか人に似ている。
 腕も足も無いにも関わらず、背面に少し反らせた姿勢は女の柳腰のようで、奇妙になまめかしくすらあった。
 そして、その連想がよけいにグロテスクさを助長しているのだった。

 問題は、頭部についた、ただ一つの目だ。
 奇妙に人の眼球に似た目には瞼はなく、血走った白目と濁った色の瞳がただれた肉の突起の合間で、神経繊維を引きずってはきょろりと動く。

 その瞳がまっすぐに、ハヅルをとらえていた。夜目に目立つ灰色の彼ではなく。 

 とっさの判断だった。何が起こると予想したわけではない。その魔族がいまだ身じろぎすらしない瞬間に、彼は反射的に動いていた。
 彼は不意に馬を寄せると、身を乗り出してハヅルの手綱をつかんだ。
 ぐいと引いて後退させ、自分の馬を進めて立ち位置を入れ替える。
 そのタイミングで魔族のいる方向から、彼らめがけて何かが飛来した。
 ざあっ、と大量の土くれや石ころ、木片が風もないのに浮き上がり、避ける間もなく加速をつけて叩きつけられる。

「エイ!」

 ハヅルは小さく叫んだ。彼女と魔族の間にエイが立ちふさがっていたのだ。石つぶてを浴びたのは彼一人だった。

「いてて…」

 腕を引き上げて身をかばってはいたものの、無傷ではない。とがった石や木片が打ちつけられ、皮膚を細かく切り裂いていた。


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