キングサイズのベッドの上で<中編>-5
「おーい夏樹姉ちゃん? 暗くて何も見えないよ………… 姉ちゃん?」
暗闇──寝る間際に部屋の灯りを消した程度とはわけが違う。
窓のない密室での消灯は、文字通り闇と化しており、
浴室から少し離れたベッド上部のパネルだけが、
かろうじて微かな光を放っている。
私は手探りで浴室へと向かうと、ゆっくりと扉を開き、
生まれたままの姿で隆の側へと歩み寄った。
「えっ? わぁっ!!! ど、どうしたのさ急にっ…………」
「そ、その…… せ、背中っ………… 流してあげようかなって…………」
「せ、背中って…………」
「い、いいからっ………… あんまりその…… じっと見られたら恥ずかしい…………」
かろうじて人影が認識出来るほどの闇の中、
隆もまたもちろん私の姿をはっきりとは見えていないはず。
けれど、手を伸ばせば届くその距離で、
一糸纏わぬ姿の男女が向かい合うというその光景は、
言わずもがな、並みの恥ずかしさでは無い。
「隆の背中………… こんなにおっきかったんだね?」
「な、なんだよいまさら…………」
ここ数日、幾度となく抱きしめたその背中。
それこそ数時間前には海でイヤと言うほど目にしていたはずなのに、
こうしてあらためて触れてみて気づいた。
幼き日に私の背中に隠れていた泣き虫隆はもうここにはいない事を…………
「ね、姉ちゃん…………」
「ん? なあに?」
「前は洗ってくれないの?」
「なっ!!! そ、それは…… その…………」
そう言って隆はゆっくりと振り返っては、
私と向き合い両手で肩を掴む。
「やっ…… 待って? まだ…… 心の準備が…………」
「あは、そんなに怯えないでよ? 冗談だよ? 代わりに俺が洗ってあげる…………」
「えぇっ? ちょ…… それはそれで心の準備がっ…………」
慌てる私の体に、隆は笑いながらタオルを当てると、
ゆっくりと優しく撫でるよう擦りはじめた。
「なんか…… こうして体を洗い合うなんて久しぶりだね?」
「ひ、久しぶりも何もっ………… 一緒にお風呂入ってたのなんて小学校くらいまででしょ?」
「そうそう………… 姉ちゃん突然『もう隆とお風呂にはいらない』なんて言い出すんだもんなぁ……」
「そ、それはっ…… だって…………」
そう、隆の言う通り私はある日突然、隆と一緒にお風呂に入る事を止めた。
それこそ二つ年下の隆には不可解極まりない行動だったかもだけど、
忘れもしないあの日、私は初潮を迎えたのだ。
自分が女であると身を持って意識したその日、
私は幼なじみである隆を、はじめて男と意識したのだ。