パンドラの匣-13
「ユウジさんも、わたしと同じ目をしていると思ったの」
「……だから、俺の部屋に来たのか」
「ええ。来たからどうするという考えは、何も無かったんですけど」
「俺は、自分の力で生きてきた。だから、お前もそうすればいいさ」
「……わたし、ここに住まわせてもらっちゃ、駄目ですか?」
「ここに住んでどうする? 俺と結婚でもするつもりか? お断りだ」
ユイは哀しそうな顔をして、俯いている。
彼女は、パンドラの匣を開けてしまったのだ。その報いを受けなければならない。
この街は、高校を中退した女が一人で生きていくには過酷すぎる街だろう。
俺は、あの家から逃げ出したくて、必死に働いた。
ユイに俺がやったような力仕事など出来るはずは無かった。
すると、ユイはこれから先、どうやって生きていくのか。
俺にしてやれることなど、何もない。
パンドラの匣――
中に入っているものは、とんでもないものだ。
悪意、妬み、憎しみ、偽善、保身、悲しみ、飢え、暴力、狂気。
大神ゼウスは何を思って、この匣を人間に託したのか。
いつか誰かが開けるに違いない匣なのだ。意地が悪いにも、程がある。
「おい、ユイ。お前、どこに行くつもりだ?」
ユイが脱いだ下着を身につけ、少し皺になった制服を着込んでいた。
「わかりません。でも、ここに居られないなら、わたし、またあの場所で――」
パンドラの匣を開けて、全てを失った少女。
俺とは違うが、俺に似ていた。彼女の腕を掴んだ時に見た瞳は、過去の俺のものだった。
いや、あの場所で佇むユイの姿を見た時から、俺は彼女に吸い寄せられていたのだ。
「どうしても、一人で生きていくつもりなのか?」
「わたし、もう戻る処、ありませんから」
「それなら――ここに行ってみろ。もしかすると、何とかしてくれるかもしれん」
「ドラゴン、ブレス? ここは……?」
「俺の名前を出して、ショウコという女に話をしろ。それで駄目なら、家に帰れ」
「ユウジさん――」
「分かったな?」
はい、とユイは明るい声で応えた。思えば、彼女の心からの笑顔を初めて見た気がした。
俺はその笑顔をまっすぐ見ることは出来ずに、ユイから顔を背けてそっぽを向いた。
数日後、俺の部屋に珍しく手紙が届いた。
ユイから出されたもので、中には一枚の写真が同封されていた。
眠そうな瞳でユイが笑っている。
そのかたわらで、もう一人の女がユイの肩を抱いて、口の端を釣り上げて凄みのある笑みを浮べている。
写真の向こうから、俺を見つめていた。その女が何を俺に言いたいのか、はっきり分かる。
『この貸しは、高くつくわよ、ユウジ君』
俺はユイの落ち着いた笑顔とその女の笑みを見比べて、苦笑した。
パンドラの匣。
この話はこう締めくくられている。
確かに、あらゆる災厄が詰め込まれた匣を開けて、人間は苦しむことになる。
だが、その匣の底には、たった一つだけ人間に残されたものがあったのだ。
希望という、たった一つだけ残されたものが――――
−続く