美味しくないケーキ-1
「――さぁ、彼女達のは居場所はどこです?」
コートを脱いで手に持ったヘルマンが、尋ねる。
ベストまできっちり着ている姿はまだまだ暑そうだが、これが精一杯の妥協点らしい。
「彼女の匂いをたどれば簡単でしょう?」
「それが、鎮静剤を飲んだせいで、まだ鼻が利かなくて……」
気まずそうに頭をかくルーディに、氷河さながらの冷たい視線が突き刺さる。
「……本っ当に、どうして僕は君に居場所を掴まれたんでしょうねぇ」
顔をしかめてぼやいたあと、ヘルマンは気を取り直したように頭を振る。
「それなら、行きそうなところを探れば宜しい。たとえば、若い恋人達に人気の店とか」
「あ、それなら……」
腐っても諜報員。王都内の情報なら豊富に持っている。
何件か回った後、ようやくラヴィたちの姿を見つけた。
「いらっしゃいませーv」
「よりによって、ここか……」
新聞で顔を隠しながら、ルーディはため息をつく。
ここは美味しいケーキや焼き菓子を出すので有名な店で、特に女の子に人気がある。
「はぁ……たいへん場違いな気がしますね」
ピンク色のペンキを塗った椅子に腰掛け、ヘルマンが苦情を申し立てた。
テーブルイスもちろん、窓枠まで全てピンク、ピンク、ピンク!
絶妙な濃淡がついたピンクの世界に、白いエプロンと作りものの羽根をつけた可愛いウェイトレスたちが、忙しく動き回っている。
天井を見上げれば、店の看板に描かれているのと同じ、天使の羽を生やしたピンクのうさぎの絵が、ウインクしていた。
メルヘンチックな店内はカップル連れ……というより女の子ばかりで、男二人でテーブルについているのはルーディたちだけだ。
運ばれてきたケーキを食べながら、そっと向こうの様子を伺うが、ラヴィはちょうど背を向けているので表情が見えない。
かわりに、例の役者が白い歯を見せて大袈裟に笑っているのが、見たくも無いのにしっかり見える。
「それにしてもあの青年。なんとなく君とタイプが似てますね」
ピンクのティーカップで優雅に紅茶をすすりながら、ヘルマンが人の悪い笑いをもらす。
「……俺、あんなにギトギトしてないし」
ケーキの最後の一口を流し込み、ルーディは抗議した。
白い生クリームにラズベリーをちょんと乗せたケーキはこの店の名物で、絶品と評判だ。
だけど、たいした事なかった気がした……というより、ラヴィの事が気になって、味なんかよくわからなかった。
***
憧れの役者と話をしただけでも信じられないのに、こうして一緒にお茶をしているなど、まるきり現実と思えなかった。
バルトは女の子の扱いにとても手馴れているようだ。
話題も豊富だし、ここに来る前に寄ったいくつかの場所も、どれも女の子が喜びそうな場所ばかりだった。
「この店は初めて?女の子に人気があるんだよ」
「え、ええ……」
この店の評判は聞いていたし、そのうちルーディと来たいと思っていた。
「あ!バルトさん、こんにちはぁv」
どうやらバルトは、この店の常連らしい。
ケーキを運んできたウェイトレスが高い作り声で嬌声をあげた。
「いいなぁ。あたしも今度、どこかにお食事に連れてってくださぁいv」
「ああ、またね」
ケーキを二皿、テーブルに置いてウェイトレスは去っていった。
「この店の名物でさ、絶品って評判のケーキだよ」
「そうなんですか?すごく美味しそう……」
真っ白なクリームの上に、宝石のようなラズベリーが品よく鎮座している。文句なしに可愛いらしく美味しそうだった。
だけど、食べてみたらたいした事ない気がした……というより、ルーディの事が気になって、味なんかよくわからない。
それに、ルーディだったら多分、注文する前に、ラヴィは何が食べたいか聞いてくれただろう。
喉につまりそうな生クリームとスポンジケーキの混合物を、紅茶で無理やり流しこんだ。