楽しい(?)休日-1
イスパニラ王都には、大きな劇場がいくつも並ぶ通りがある。
通称はそのまま・劇場通り。
観劇は富裕階級から庶民まで、代表的な娯楽だ。
内容も喜劇から文学的なものまで幅広く、恋愛ものは特に人気が高い。
流行や景気まで左右するとも言われ、人気役者は、そこらの貴族よりもよほど有名人だ。
「失礼ですが、お名前は?」
「フラヴィアーナ……ラヴィです」
「ラヴィさん、おめでとうございまーす!!」
カランカラーン。
軽やかな鐘の音を響かせ、チケットを回収していた男が、突然声をはりあげる。
周囲の視線がいっせいにラヴィへ集中した。
「えっ!?な、なんですか!?」
育ての老婦人からチケットを貰ったため、ルーディと芝居を見てきたところだった。
出口では人気投票のようなものをやっており、客達はご贔屓の役者の名が書かれた箱に、チケットの半券を入れて帰る。
ラヴィもがチケットを入れた瞬間、予想外の鐘の音が響き渡ったのだ。
「貴女は当劇場のスター。バルト・コンテスティに、今月一万枚目のチケットを入れてくださいました!そこで、特別なプレゼントをご用意しておりまぁーす!!」
「ラヴィ、やっぱり運がいいな」
ルーディが感心したように頷く。
自分が強運なのか、それとも凶運なのか、ラヴィ自身にもよくわからない。
ただ、非凡な出来事に出会いやすいのは確かだ。
たとえば先週も、市場に逃げ込んできた強盗に人質にされたのだが、『ものすごい偶然』で、落ちてきた植木鉢が強盗の頭にぶち当たり、事なきを得られたりしたとか……。
でも、これはまごう事なき幸運だろう。
「この役者さん、前は私の住んでた地方の劇場に出ていたの。有名になって王都に出るようになったんだけど……もしかしてサインとか貰えるのかしら?」
うきうきとルーディに小声で囁く。
「へぇ、ラヴィが役者のファンだったって、ちょっと意外だな」
「だって、最優秀男優賞を三年連続で貰った名役者よ!最高に素敵でカッコイイの!」
「……あー、訂正。ファンじゃなくて大ファンか」
思わずにぎり拳で熱弁したラヴィに、ルーディが目を丸くした。
「あ!えっと……そうじゃなくて……家に居た頃は、お母さまのお供でよく見に行っていただけで……だから……」
我に帰って、必死で言いわけする。
ルーディの前で他の男性を褒めまくるなんて、やっぱり良くない。
「ハハ、そんな気をつかわなくっても良いって。恋愛と役者に憧れるのは別なんだし」
苦笑して、ルーディは宥めてくれた。
「ご理解のあるお連れ様ですね」
チケット回収係が、なんだか妙に嫌な含み笑いをした。
「それでは、幸運なラヴィ嬢に拍手を!」
盛大な拍手と共に、にわかに通路の奥が騒がしくなる。
周囲の女性達から羨望の視線をあびつつ、人気役者バルトが、ゆったりと通路を歩いてきた。
剣闘士などの役柄を主にやっているだけあり、体格のいい青年だった。
赤銅色に焼けた腕には筋肉が盛り上がり、笑うと真珠のように真っ白い歯が見える。
「やぁ、いつも応援してくれてありがとう」
役者青年はラヴィの手をとり、うやうやしく口づけし、極上の笑みを浮べた。
こんなに間近で見るのは初めてで、知らず知らずに顔が赤くなって口元が緩む。
「君のような可愛いファンと一緒に午後を過ごせるなんて、嬉しいよ」
「……え?」
首をかしげるラヴィに、燕尾服の回収係が金文字のカードを読み上げる。
「プレゼントは、バルト・コンテスティと本日の午後を過ごす権利です。どうぞ!」
「はぁぁ!!???」
ルーディとラヴィ、二人から同時に素っ頓狂な声があがった。
「驚いたろう?これから半日、僕は君のものだ。さ、行こうか」
「ちょ……っ!ま、待ってください!」
『白昼の惨劇 人気役者・狼に襲われる』 という新聞の見出しが一瞬脳裏に浮かび、あわててルーディを振り返る。
「……せっかくだし、行って来れば?」
ところが人狼のつがいは、しごく平然とした顔をしていた。
ただし、琥珀色の瞳は冷たく、剣呑な光を称えている。
「ルーディ?ひょっとして……鎮静剤を飲んだの?」
小声で尋ねると、ボソリと低い声が返って来た。
「まぁね。とにかく俺は気にしないから、楽しんできなよ。先に帰ってる」
「あ……」
さっさと劇場を出て行くルーディは、振り返りもしない。
追いかけようとしたラヴィの手を、赤銅色の青年がしっかり握り締める。
「ああ言ってくれてることだし、心の広い恋人でよかったじゃないか」
「……え、ええ」
嫌なら、ダメと言ってくれて良かったのに……。
少しばかり、ルーディに腹が立った。
役者への憧れと恋愛は違うと、自分で言ったばかりじゃない!
「行こうか。ラヴィ?」
「……」
無理やりニッコリと笑い、バルトへ振り向く。
「はい!」