バースデーパーティ -3
「ちょっと待て。アキバ系オタクの話はどうなったんだ?」
「おお、そうやった。」ケネスが手を打った。「あのな、春菜さんにメイドの格好をさせて、客を引く。」
「ええっ!」
「賛成!」真雪がすかさず手を挙げた。「あたしも前から思ってた。高校ん時から。春菜ほどメイド服が似合う女の子、いないって。」
「真雪自身がいわゆるオタクだからなー。その見解はあんまり参考にならないかも・・・。」龍がつぶやいた。
「何であたしがオタクなんだよ、龍。」真雪は隣に座った龍を睨んで言った。
「俺の乳首に絆創膏貼りつけて喜んでたのはどこの誰だい?」
「やだ、そんなことしてたの?真雪。」マユミが口を押さえて恥ずかしそうに言った。
「えへへ。だって、いじりたくなるじゃん、龍を見てると。」
「そんな訳でや、春菜さんがうちに来てくれはった暁には、可愛いピンクのメイド服着てもろうて、店内にいてもらうことにしとる。何ならすぐにでも、バイトっちゅうことで。」
「父さん、勝手にそんな・・・・。」健太郎が心底呆れて言った。「何だよ、ピンクのメイド服って・・。うちはいつからそんな怪しげなメイド喫茶になったんだい?」
「ええやんか。わいの夢や、夢。死ぬまでに実現させたい。」
「つまり、ケニー叔父さんもメイド好きのオタクの一種だったってことなんだね。」龍が笑いながら言った。
「大丈夫。春菜なら絶対ウける。客層が広がること間違いなしだよ。」真雪が楽しげに言った。「だいいち、春菜の『月影春菜』っていう名前からして、美少女アニメの主人公的じゃん。」
「それもそうだな。」ケンジが言った。「何だかかっこいいな。日頃は地味だが、いざとなったらすごい力を発揮する、って感じがするな。で、どうなんだ?健太郎。」
「え?どうって?何のこと?」
「春菜さんのすごい力、って、何だ?」
「絵の才能に決まってるじゃん。別にルナはそれを日頃隠してたりしないけどね。」
「ところで、何でお前春菜さんのコトを『ルナ』って・・・、ああ、そうか!」ミカが言った。「『はるな』の『ルナ』な。なるほど。」
「それに名字の『月(luna)』の意味もかけてあるんだ。」
「おお!深いね。」ミカが賞賛の拍手を贈った。
「ところでさ、」龍がテーブルの真ん中のケーキに身を乗り出して言った。「このケーキ、」
「何や?龍。ケーキになんかついとるか?」
「うん、ついてる。ここに、ケニー叔父さんと春菜さんの名前が書かれているのはわかるんだけどさ、」
「今日は二人のバースデーパーティやないか。何か文句あるんか?」
「いや、その二人の名前の間に、何でハートマークがあるのさ。」
「ほんとだ。」健太郎も言った。「これじゃまるで、二人が愛し合ってるみたいじゃないか。」
「いかんのかい、愛し合ったら。」
「いや、駄目だろ、普通に。」健太郎が反抗的に言った。
「お前、いやらしことするだけが愛し合うんとちゃうねんぞ。わいは、いずれうちの娘になる春菜さんを、義理の父親として、愛しとるんやないか。何考えとんねん。ほんま。ケンのエッチ。」
「何言ってるんだ、まったく。」
「それにな、自分のバースデーケーキを自分で作らなあかんむなしさが、お前にわかるか?そのハートマークはな、お前に対するささやかな当てつけのしるしやんか。」
「だって、父さん手伝わせてくれないじゃないか。いつも。」
「当たり前や。みんなに食わせるケーキはお前にはまだ作らすわけにはいかん。」
「ほんとに頑固なんだから。」隣に座っていたマユミが笑いながら階段下のキッチンスペースに立った。真雪も立ち上がった。二人は湯を沸かし、コーヒーを淹れ始めた。
「私、こんな芸術的なケーキ、初めて見ました。」春菜が言った。
「え?」健太郎が春菜の顔を見た。「芸術的?」
「切り分けるのがもったいないぐらい。お父さまのセンス、素晴らしい・・・。」
「みてみい、さすが芸術家や。このケーキの素晴らしさは誰にでもわかるもんやないんやなー。あーむなし。」ケネスは腕を組み、目を閉じて言った。
「俺、食べたい。食べようよ。」龍が元気よく言った。
「よー言うた!龍。ケーキは食ってこそ華や。見て楽しんだ後、味わって感動する。それがほんまのケーキの取り扱い方やで。」ケネスは腕まくりをして、ケーキナイフを手に取った。
「あ、私、切ります。」
「あかん。人には切らせられへん。」
真雪がキッチンに立ったまま言った。「任せとけばいいんだよ、春菜。パパ、そこまで自分でやんないと気が済まないんだ。」
「どこまでも頑固な職人なんだね、ケニー叔父さん。」龍が感心したように言った。
きっちり等分に切り分けられたチョコレートケーキが全員の前に配られた。
「さあみんな、召し上がれ。」マユミと真雪が8客のコーヒーカップをトレイに載せて運んできた。