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ユートピア〈待ちわびた世界〉
【サイコ その他小説】

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ユートピア〈待ちわびた世界〉-4

PM十時四十七分

死はすぐ後ろまで迫っていた。追いかけてくる殺人鬼。月光が映し出すのは、不気味な白い仮面のみ。その奥にはヒトの顔など無いに違いない。
曲がり角を通過し、殺人鬼の視界に入らなくなったところで俺はトイレに身を隠した。一番奥の個室のドアの裏に潜む。やがて当然のようにヤツは俺に続く。
カツーン
    カツーン
タイルの上では、その音は廊下よりも更に響く。手前の個室から順に覗いていく。ゆっくりと、ゆっくりと。そしてやがて一番奥の個室へ。
男子トイレの奥を念入りに調べている殺人鬼をよそに、俺は女性トイレから出て全力で、もと来た道を走った。
ハァハァ
何時の間にか、肩で息をしていた。あの殺人鬼から逃れるのに、かなりの体力を消耗した。
全力で走ったのは、いつ以来だろう。おそらく奴は三階で俺を探しているだろう。
「うわぁぁあ、た、助けてぇっ!」
その声は四階から響いた。
「そんな、馬鹿な。」
驚くのは当然。さっきまで三階で俺を追いかけていた殺人鬼は、今は四階で誰かを手にかけている。瞬間移動でもしなければ説明が出来ない。ふと、ある疑念がよぎる。これは一番最初に気付かなければいけないことだったのだ。
キーンコーンカーンコーン
そう、それはこの校内アナウンス。
『皆様、残り僅かな時間を満喫しておりますか?』
防火シャッターが下りているのだから、この放送ができるはずが無い。
『残り八人です。』
だって放送室は一階だ。二階と三階を行き来できないのならば、
『もう飽きました。手早く済ませます。』
――― 犯人は複数。


PM十時五十五分

校内は静まり返っていた。頼りない月の輝きだけを頼りに、俺はあらゆる方向に視線を巡らす。気配に気付かなければ、何の躊躇いも無く降りかかる死の恐怖。
死の恐怖。
けれど、それは。
掌に視線を落とす。じっとりと汗が滲んでいる。
けれど、それは、なんて。
――― なんてタノシイことか
何の感慨も無かった。ただ無為に垂れ流される日常。平凡を無視し続けた高校三年間。
――― 憧れた
不意に襲い掛かる非日常の到来。待ちわびた。待ち焦がれた。待ち続けた。殺人鬼に追われるという、このシチュエーションをも、俺は渇望した。
最初からそうだ。
窓の外。落ちていく担任と目が合ったとき。
『そう、空から降ってきたのは、おそらく担任の片桐。いや、絶対にそうだ。だって、俺は目が合った。落ちていく先生と、俺は目が合った。
 ――― その目は絶望に満ちていた
教室には混乱が満ちている。心臓が爆発しそうなほど激しく高鳴る。鳴り止まぬ悲鳴。収まらぬざわめき。その中で、俺は。』
そう、俺は、下卑た笑みを浮かべていたはずだ。あの時、悲劇が幕を開けるその瞬間、俺は楽しくて仕方なかった。
防火シャッターが閉じられ、誰かが襲われたとき。
正気を無くした斉藤が、窓の外へ救いを求めたとき。
殺人鬼のアナウンスで、生存者の人数を耳にするとき。
なんておもしろいのか、と。
追い込まれ、追い込まれいく度に、俺は歓喜する。
冷静沈着で寡黙な男だと、人は言う。けれどそれは違う。ただ表に現れていなかっただけの話。ホントの俺は、おそらく大勢を殺して喜んでいるあの殺人鬼よりも黒い。圧倒的に黒い。この胸の高鳴りは何の為に?
キーンコーンカーンコーン
『さあて、そろそろ時間です。』
犯人は誰か?そんなことは、どうでもいい。
『ついに一人を残すのみとなりました。』
この胸の高鳴りは何の為に?
『もう探すことはしません。』
それは、ここが俺の望んだセカイだから。
『覚悟ができたら、三年一組に来なさい。面白いものを見せてあげよう。』
お前が俺を殺すと言うのなら
『さぁ、来るんだ。間宮俊也ぁ。』
もう十分だろう、死神よ。
そして俺はポケットから凶器を取り出した。拾った窓ガラスの破片を手に、その場所へ。
さぁ、殺し合いを始めよう。
それは、狂気。
否、それは驚喜。


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