ユートピア〈待ちわびた世界〉-2
『本気ですよ、窓の外をご覧下さい。』
言われて、教室内にいた全員が視線を外に向けた。暗い教室から見る、更に薄暗いセカイ。
目立つのは、金色の彩を放つ孤高の月。
窓の外、普段は授業に飽きて視線を泳がすその先に、一瞬。
「うわあぁぁあぁ!」
あってはいけないものが。
「きゃぁあぁあああ!!」
それを目にした全員が、悲鳴を上げた。
落ちてきた。
窓の外。
確かにそれは、
ヒトのカタチ。
「今の、・・・かた・・・ぎり・・」
そう、空から降ってきたのは、おそらく担任の片桐。いや、絶対にそうだ。だって、俺は目が合った。落ちていく先生と、俺は目が合った。
――― その目は絶望に満ちていた
教室には混乱が満ちている。心臓が爆発しそうなほど激しく高鳴る。鳴り止まぬ悲鳴。収まらぬざわめき。その中で、俺は。
『まず片桐に卒業をしてもらいました。それでは、今からそちらに向かいます。人間のクズは、ここで死ね。』
プツ。
放送は、そこで途切れた。
生徒の緊張もそこで切れた。
「うわぁぁ」
誰かが教室を飛び出した。それを契機に、みんなが我先にと外に向かう。当然だ、片桐先生を殺した殺人鬼がここに来る。俺らを殺しに、ここに来る。なんて・・・。
PM十時十五分
俺はパニックになった教室を飛び出した。とにかく学校から出たかった。階段を下って真っ先に昇降口へ向かおうとした。すると俺より先に教室を飛び出した数名が、三階の階段の途中で立ち尽くしている。
「どうしたんだ。何を・・」
言い掛けて俺は口をつぐんだ。理由は一目瞭然。防火シャッターが閉じている。厚い扉が、三階と二階の間に立ちはだかった。
「そんな・・・。」
薄暗い階段の途中。行き場を無くした数名は、言葉をも無くしていた。
「と、閉じ込められたのか?」
誰かがやっと言葉を捻り出した。
「反対側の階段だってあるんだ。まだ分からない。」
そんなの気休めだろう。これが殺人鬼の仕業なら、俺たちは、この学校に。
カツーン
カツーン
響く、そのゆっくりとした足音。三階の廊下から、ナニか。その場の空気が凍る。
「誰か、み、見ろよ。誰の足音だ。」
「お前が見ろよ。お、俺は嫌だ。」
カツーン
カツーン
次第に大きくなる不気味な音。
「どいて、私が見るわ。」
こんな時は、女性のほうが度胸がいい。言って、柱の陰から廊下を見遣ったのは、普段は気弱な葛西だった。葛西は震えながら、廊下を凝視する。すると、
カツン
その足音は止まった。
「どうした。葛西、葛西?」
その問い掛けに、彼女は青い顔で返す。
「あ、あ、逃げて。」
「え?」
「目が合った・・・来るわ。こっちに来る。逃げて!!」
その叫びと同時に
カッカッカッ
足音は強まる。俺たちを追ってきた。その音に皆、驚いて階段を上る。誰よりも先にと、狭い階段に五、六人が列を成して走る。
「うわぁあ!」
誰かが転んだ。せっかく上った階段を転げ落ちていく。誰もそれを気にせず、一目散に逃げる。俺は振り向いた。視線を転げ落ちた方向へ向ける。うずくまる誰か。そして、その後ろ。鋭い刃物を振り上げるヒトガタ。
白い仮面で顔を覆い、黒いマントで身を隠すそれは、まるで死神のようだった。
俺は、力を振り絞って四階へと向かう。後ろで誰かの悲鳴。校内に響き渡るそれは、非日常への謳歌のように。
行き場を無くした俺たち。
生き場を無くした俺たち。
これから何処に向かえばいいのだろうか。