第4話-10
背を向けたままの英里をこちらに向かせて、目の端に溜まった涙を、圭輔は指で拭ってやる。
今日、圭輔が初めて見せた優しい笑顔だった。
英里の胸に、溢れそうな程の愛おしさが込み上げる。
あんなに酷い事を言ったのに、許してくれようとしている…。
「俺も…」
二人の唇が、自然と近付いて、躊躇いがちに重なり合った。
圭輔は、悩んでいた。
誤解したまま、英里は一体何をそんなに意固地になっているのか。
「好きじゃない」などとまで言われた時は正直、かなり傷付いたが、ここで自分がむきになってしまえば、ますます関係はこじれるに違いない。
彼女は、自分を表現するのが苦手なのだろう。
両親の前では聞き分けの良い娘を演じ、学校では優等生を演じて上辺だけの付き合いをし、本当の自分の感情が剥き出しになった時、どう対処すれば良いのかわからなくなる。
何か言えば、つい反発してしまう彼女だから、あれ以来極めて普通に接するように努めた。
彼女自身が、自分の本心ときちんと向き合えるように。
…彼女から、気持ちを告げてくれるまで。
少々冷たかったかもしれないが、それが功を奏して今、こうやってまた彼女が自分の腕の中に戻ってきてくれたのだから。
彼女が泣いている間ずっと抱き締めながら、彼も幸福感に浸っていた。
「良かった、英里から言ってくれて…このまま本当に別れる事になったらどうしようかと思った」
「え…?」
「押して駄目なら引いてみろってね。俺が問い詰めてもいつも何も言ってくれないし」
「ごめんなさい…。これからはもう少し、素直になります……」
英里は、圭輔の広い胸に顔を埋める。
彼の穏やかな心音が心地よい。そのリズムに耳を澄ますと、自分の荒んだ心の棘も消えていってしまうかのようだ。
「いいよ、英里はそのままで。じゃないと面白くないから」
「…面白くないって…」
「褒めてるつもりなんだけど?」
「…。」
英里は少し不服そうな顔をするが、おかげで涙はすっかり止まった。
もう一度、圭輔は英里の体をきつく抱き締める。
薄い浴衣越しだと、彼女の肌の感触が直接伝わるようで、体が反応しそうになる。
「これからは何でも話して欲しい。俺も一緒だよ。英里の前では…自分の嫌な面を見せたくない。今日だって、逃げられないようにここまで連れてきたんだから。もし英里が別れたいって言ってもたぶん離さない。拒まれても無理矢理抱いて…俺だけのものだって、刻み付けてやるつもりだった。でも、これも本当の俺。独占欲の塊で、いつも英里に触れたいって思ってる。……軽蔑した?」
「先生…」
英里は、顔を上げて圭輔の顔を見つめる。
彼も、自分の内にこんな感情を抱いていたなんて。
「軽蔑なんて、するわけ…」
ようやく闇に慣れてきた瞳で、英里は圭輔の顔を見つめる。
圭輔も、英里の顔を見つめている。
こうやって、近い距離で見つめ合うのも何だか久しくなかった気がする。
「英里…」
圭輔の手が、英里の頬に触れる。
彼女の心臓がとくとくと、緩やかに脈打つ。
素直になるとさっき決めたばかりなのに…今、この気持ちを伝えられたら…。
英里は、頬に添えられていた圭輔の手を自分の胸元に引き寄せる。
「あの…」
肝心の言葉が出てこない。焦りで、鼓動はどんどん早くなる。
圭輔も英里の鼓動を手のひらで感じながら、彼女に話しかける。
「…まだ俺が教生だった時に、英里、聞いたよな?好きな人しか関係を持たないかどうかって…」
「はい…」
「前も言ったけど、俺は本当に好きな人としかしたいと思わない。だから、今は英里以上に欲しいものなんて、何もない」
彼の瞳に見つめられて、英里の体は熱くなる。
「私も先生…、圭輔さん…が、今、すごく…欲しい…」
いつも思いとは裏腹な事を言ってしまう彼女の口から、自然に今の気持ちが滑り出る。
恥じらいながらそう告げる英里の仕種に、圭輔の体に愛しさが駆け抜ける。
英里に引き寄せられた手はそのままに、彼は顔を近づけて、彼女の唇に自分の唇を寄せる。
柔らかい感触は、いつも甘美な快感を与えてくれる。
唇を割り開いて舌を差し込み、丹念に彼女の歯茎をなぞり、舌を絡める。
英里は彼の手を離し、首の後ろに腕を回すと、圭輔も彼女の体を抱き寄せて、さらに体を密着させる。
何度触っても滑らかで心地良い、彼女の黒髪を指で弄びながら、唇を求める。
「はぁ…ぁ…」
激しく舌を絡め、抜き差しされて、唾液が顎を伝って零れる。
舌を介して混ざり合う液体の淫靡さに、英里の体が疼き始める。
そして、もう触れられないと思っていた彼の唇の感触…またうっすらと滲んで零れた涙を、圭輔は眦に口を寄せて吸い取る。
そのまま、耳元に唇を寄せ、耳朶を唇で軽く挟んだり、舐めたりすると、英里は微かに嬌声を漏らす。耳は彼女の性感帯でもある。
そこを愛撫しながら帯を解くと、彼女の白い体がうっすらと覗く。
そのまま浴衣の胸元に手を添えて左右に開くと、形の良い英里の胸が、圭輔の前に晒される。
彼女のすらりとした肢体に、思わず圭輔も吐息を漏らす。
張りの良い双丘に両手で同時に触れると、英里は恥ずかしそうに目を伏せて、体を震わせた。
久しぶりに触れる、彼女の柔らかい胸に圭輔は感動を覚えつつ、ゆっくりと円を描くように胸を上下左右に揉みしだく。
手にちょうど収まる大きさのそれが、自分だけのもののように思われて、なお愛おしさが募る。
そして、胸を揉みながらだんだんと堅くなっていく彼女の胸の蕾の感触を手の平に感じながら、逸る気持ちを圭輔は必死に抑えた。
先程から、彼は何も言葉を発さず、緩慢な動作で彼女の体に触れ続ける。
久しぶりに彼女の体に触れている幸せを噛み締めるかのように。
以前の図書室での行為は、彼女を無理矢理奪ってしまったも同然だったため、今夜は優しく彼女を愛したいと決めていた。