第3話-9
目を逸らしたいが、逸らせない。完全に、瞳の檻に捕らえられてしまった。
その視線の強さに、英里はまるで磔の蝶にでもなったかのように身動き出来ない。
咬みつくような荒っぽいキスに、息苦しさを感じ、射抜くような視線に、胸苦しさを感じた。
圭輔は頤に手を掛けて、英里の顔を上に向かせた。もう一度口付けようと唇を近づけるが、英里は拒むかのように堅く唇を引き結んだ。
そんな彼女の仕種に、圭輔は少し胸の痛みを感じたが、それを表には出さないように、再び彼女の唇を奪った。
英里の唇を割り開いて、舌をねじ込み、口腔内を蹂躙する。激しい口付けにあまり慣れていない英里は、上手く息継ぎができず苦しげに眉を歪めた。
「……せ、先生…?」
ようやく唇が離れて、英里は呆然とした顔付きで、圭輔を見つめた。
教師と生徒の間柄を越えた関係を周囲に悟られぬよう、校内では節度を守り、決してこんな事をするような人ではなかったのに、どうして急に…そんな思いが英里の頭を過った。
「俺の何が気に入らないんだ?」
彼の、こんなに、怖い声を聞いたのは初めてではないだろうか。
思わず、英里は身を竦ませる。
「そんな、気に入らないところなんて、何も…」
しどろもどろに答えるが、それで圭輔も納得するはずがない。軽く溜息を吐き、
「これ以上嘘吐くなら、俺、どうするかわかんないよ…?」
「えっ…」
彼の言葉が何を意味するのか、英里に考える余裕もなかった。
圭輔はそう言うと同時に、セーラー服を捲りあげた。淡いピンクのブラジャーに包まれた彼女の白い胸の谷間が露になる。少し肌寒い空気が、胸元に触れた。
「やだ…っ!」
逃れようとする英里の両手首を書棚に押し付けて、圭輔は彼女の自由を奪う。
「ほら、早く、言わないと…」
圭輔の黒い瞳が、忙しなく揺れている英里の怯えたような瞳を真っ直ぐに見据える。
「い、いいんですか…?教師が、学校内でこんな事…」
英里は何とか話を逸らそうと試みるが、圧倒的に優位に立っている彼の前に、彼女のそんな虚勢は全く通用しない。
「いいんだよ、どうせ今の時間まで残ってるのなんか俺達ぐらいしかいないんだし…それに、こんな事させてるのは水越さんのせいなんだから」
「な、私のせいって…」
「違うの?」
少しだけ、涙目になり始めた彼女を見て、彼の心は若干痛むが、ここで引くわけにはいかない。
一呼吸ついて、気を静める。
「何でもいいから、話してくれないと、俺もどうしたらいいかわからない…」
一転して、静かな口調で話し掛けた。
それ位、彼女と離れてしまうのは彼にとって辛い事だった。
いつの間にか、そこまで彼女に惹かれていた。
視線だけを交わしたまま、沈黙が続く。
先程までの激しい瞳と違い、真摯な眼差しに、英里も決心を固めた。
勿論、言いたくはない。
だがここで言わなければ、ますます関係が悪化してしまうことは目に見えているからだ。
ここまで、彼を追い詰めてしまったのは、紛れもない自分なのだから。
「…先生は、私なんかで満足できましたか?」
圭輔から視線を外した英里は、諦めたように、肩から力を抜いて、ぽつりと語り出した。
「はぁ?」
「私…あの時が初めてで、先生は、物足りなかったんじゃないかって思うと…不安で…」
「…。」
全く予測もつかなかった話を切り出されて、すぐさま返答が思い浮かばなかった彼は、気まずそうな表情の英里を見つめる。
「もう嫌だ、だからこんな事言いたくなかったのに…」
決死の告白の後、黙ったままの圭輔の様子に、英里の羞恥心はますます煽られる。
「何で、不安になるんだよ…」
彼女も圭輔から注がれる視線に気付いたのか、より深く俯いてしまう。
「体の相性が悪いって…先生に…見限られるのが怖かった…」
彼女の告白を聞いて、圭輔は胸の奥が焼け付くようなもどかしさを感じる。
もしかしたら、別れ話のようなものが来るのではないかと身構えていたが、まさか、彼女がそんな事を考えているとは思いも寄らなかった。
初めて、体を重ねたあの夜、どれだけ自分の精神と肉体が感動に打ち震えたか。
その気持ちが彼女に伝わらなかった。
だから、彼女は触れられる事に戸惑いを感じていたのだろうか。
…まずは、彼女の根拠のない不安を払拭しなければ。
「体の相性、か…」
そう呟くと、圭輔は胸を覆っていたブラに手を掛け、上の方へとずらすと、彼女の形の整った胸の膨らみが、そこから零れ落ちた。
「やっ、ずるい!言ったら、やめてくれるって…」
英里は顔を真っ赤に染めたまま、非難するように圭輔を見上げる。
「事情が変わった」
「えっ…?」
「体の相性なんてのがあるとしたら、俺は相性最高だと思ったけど、水越さんは違うんだ?」
「わ、わからないです…」
しどろもどろに、英里は答える。
だから、自分は初めてだから、と言ったのに、良し悪しなどわかるはずがない。
「だったら、これからもう一度試してみれば確実だろ?」
いつもと違って強引な圭輔に流されそうになるが、ここは学校だ。
こんな事がばれたら、自分はともかく圭輔の立場が危うくなる。
自分と付き合っている事で、彼に迷惑を掛けるのは絶対に避けたい事態だった。
「だ、だめですって、こんな所で…!」
抵抗を始める英里にお構いなく、圭輔は彼女の唇を塞ぐ。
唇を割り開いて、舌を差し込むと、唾液が跳ねる淫らな音が、静かな夜の図書室に響いた。
無理矢理舌を絡め、唾液が淫らに糸を引く。
「…英里」
唇を離すと、圭輔は短く、彼女の名前を呼んだ。突然名前で呼ばれて、英里の体が小さく震えた。
それは、今は教師と生徒の関係ではないという、一種の合図。