投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 0 夕焼けの窓辺 2 夕焼けの窓辺の最後へ

第1話-1

彼女は、今日も授業を受けながら、ぼんやりと、春の穏やかな空を窓越しに見上げていた。
柔らかな風に、桜の花びらがふわふわと流れてゆく、心地良い春の陽気。
ぽかぽかとした日差しに、うっかり眠気を誘われかけた時、チャイムがようやく退屈な授業の終わりを告げた。
教師の姿が完全に見えなくなると、教室内の緊張も一気に消え、生徒達の話し声が方々で聞こえ始める。
そんな中、教室の一番後ろの席に座る彼女も、緩慢な動作で、大きく一つ伸びをした。
彼女は、水越英里(みなこしえいり)。公立の高校に通う普通の女子高生。
くせのない、ストレートの長い黒髪に、眼鏡を掛けたその姿は、模範的な優等生のようだ。
すらりと背が高く、ピンと伸びた背筋は凛とした印象を与え、キュッと口元の締まった紅い唇は意志の強さを思わせる。
今日の全ての授業を終えて、英里は素早く荷物をまとめると、静かに席を立った。誰もその事を気に留めない。ごく僅かの親しい友人だけが、それに気付いて別れの挨拶をすると、英里も穏やかな笑顔でそれに応じた。
教室内の喧騒に目もくれず、彼女は静かに教室を後にした。
きっと英里が美しい容貌をしているということを誰も知らない……気付くはずがないだろう。
目蓋の少し上辺りできっちりと切り揃えられたやや長めの厚い前髪が、彼女の表情を隠しているのに加え、眼鏡の奥から覗く、黒みがかった茶褐色の瞳の翳りが彼女の印象を薄くしている。
大人しくて、真面目、目立たない地味な学級委員長。きっと同じクラスの生徒は彼女をそう評する。
靴箱からローファーを取り出しながら、英里は細く溜息を吐いた。
たまに、そんな自分自身に嫌気がさしてくることはあったが、否定する気もなかった。
その姿を築き上げてきたのは、他ならぬ自分なのだから。
そして、変化のない、退屈でありふれた日常。
今までも、きっとこれからも同じ、連綿と繰り返す日々。
―――鬱屈した毎日を変えるような出来事が起こるなど、今の彼女に想像できるはずもなかった。

翌朝、学校に着くと、クラスの雰囲気が何だかいつもと違う。いつも以上にざわついていて、落ち着きがない。
不思議に思い、きょろきょろと周囲の様子を見回しながら、英里は自分の机の上に荷物を置くと、一つ前の席に座る友人、穂積陽菜(ほづみあきな)に声を掛けた。
「おはよう……どうかしたの?」
「あ、英里、おはよー。今日ね、ウチのクラスに教育実習生が来るんだって!どんな人だろ?女かなぁ〜、男だといいな。もちろん、イケメンの!」
情報通のクラスメイトが仕入れた、確かな情報のようで、彼女もすっかりはしゃいでいた。
「へぇ、そうなんだ」
英里は、内心どうでもいいと思いながらも、柔らかく笑顔を浮かべて、適当に相槌を打つ。
それから、しばらく他愛もない話をしていると、
「おはようございます」
担任が挨拶しながら、教室の扉をくぐると、水を打ったように教室内は静まり返る。
そして、その後に続く、一つの影。
その人物の姿が完全に現れた次の瞬間、辺りでひそひそと話し声が起こる。
「やったね英里、男だよ!それに、すっごいカッコイイかも!」
「…うん」
興奮気味に振り返った友人の耳打ちに頷きながら、英里も入ってきた男の横顔を見つめた。
担任と共に、教卓の真ん前まで来ると、彼はクラスの生徒の方を振り向き、教室を見渡した。
第一印象は、優しげな面差しをしているということだった。
しかしよく見ると、すっきり通った鼻梁に切れ長の涼しげな目元は、同時に男らしさを感じさせる。
自然と惹き付けられるような眩しい笑顔に、歯並びの良い白い歯が、ますます相手に好印象を与える。
「皆さん、初めまして。長谷川圭輔といいます。2週間ちょっとという短い間ですが、よろしくお願いします」
人好きのする顔立ちに、柔和な笑顔を浮かべてそう口にした彼の声は落ち着いていて、穏やかだった。
その声が英里の耳に届いた時、彼女の興味は既に彼にはなかった。
周囲の女生徒の浮かれた様子が不愉快で、気だるげに頬杖を付き、外の風景を眺める。
(たかだか教育実習生が1人来ただけで、何だっていうのよ……)
この教育実習生が一体どれほど素敵な人間だか知らないが、どうせ自分とは何の関係もないし、何の交わりもない人だ。
担任教師がざわめく教室内を一喝し、いつものように授業が始められる。
ふわふわと流れる綿雲をのんびりと眺めて、今日もまたつまらない1日が始まると、英里は心の中で小さく溜息を吐いた。


夕焼けの窓辺の最初へ 夕焼けの窓辺 0 夕焼けの窓辺 2 夕焼けの窓辺の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前