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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第1話-2

―――長谷川圭輔が、教育実習生としてこの高校に来てから早2日が経った。
若い彼の存在は、初日からずっと女生徒の話題の中心であるのは言うまでもない。
その上人柄も良く、クラスの男女共にすぐに受け入れられた。
「何か長谷川先生が来てから、クラスも活気がでてきたよねー」
確かに年が近く、彼自身も気さくなので、担任の40代の男性教師より、他の生徒達も話しやすいようだ。
しかし、英里は一度も彼と会話を交わした事はない。
決して避けているわけではないが、用事もないのに敢えて自分から話に行くつもりもなかった。
相変わらず、たった2週間、すぐに別れてしまう人間がどれだけいい男であろうと、自分には関係ないというスタンスを通していた。
「あ、長谷川先生だよ」
次の授業は移動教室のため、休憩時間終了間際に廊下を歩いていると、向こうから担任と共に歩いてくる彼の姿が、英里の視界に入ってきた。
麗らかな春の日差しが降り注ぎ、彼の黒髪が光を受けてきらめく。
興味がないと思いながらも、その整った横顔は確かに格好良いと、英里は分厚い眼鏡越しにぼんやりと彼の姿を見つめた。
隣に立っていた友人が、うっかり彼の名を呼んでしまったので、担任と話していた彼は、こちらに顔を向けた。そして、口角を上げて柔らかく微笑んだ。
何の意味もない、ただの微笑にキャーキャー騒いでいる友人を余所にして、すれ違いざまに英里は一度小さく会釈をした。あの教育実習生に対してではない。担任の教師に対してだ。
優等生を演じるのが当たり前となってしまった自分の、すっかりと体に染み付いた癖だった。
顔を上げると、彼の視線が英里に向けられていた事に気付いた。
通り過ぎるほんの一瞬、交錯した2人の、視線。
その瞬間、彼女の中に漣が立った。不可解な心のざわめき。つと、視線を逸らした。
そして、何事もなかったかのように、担任教師と彼は去って行った。
すれ違った後も、陶然とその後姿を見つめている友人を、英里は呆れたように見つめる。
「あ〜、やっぱカッコイイよねぇ〜!」
「…あんなのふりだよ、愛想良くしてなきゃ大学の成績悪くつくからなんじゃないの?」
「え〜?英里、冷たいなぁ…」
「それより、早く行かないと次の授業始まっちゃうよ」
不満顔の友人を後目に、英里は早足に廊下を歩いた。
先程、初めて視線が合った時に、揺らめいた何か。
…気付かないふりをしていれば、いい。そうすれば、何もないままなのだから。

その日の放課後、日直だった英里は、夕闇が迫る教室で一人、日誌を書いていた。
教室中が茜色に染まり、穏やかに時間が流れるこの時刻、昼でも夜でもない曖昧さが英里は嫌いだった。夜が迫ってくる感じが何だか不気味で、嫌悪感を催しそうになる。
校庭からは部活中の生徒の声が飛び交って賑やかな反面、校舎の中は静かだった。ペン先が紙に擦れる音のみが静謐な空間に響く。
「誰かまだ残ってるのか?」
教室の入り口の方のドアから不意に声がした。英里は反射的に声のした方を見ると、そこに立っているのは……あの長谷川圭輔だった。
その人物を確認すると、英里はまた日誌へと視線を戻す。
「すみません、まだ日誌が書けてなくて」
「いいよ、急がなくて」
そう言いながら、圭輔はゆっくり歩いてきて英里の前の席に座る。
彼の行動に、英里は心中で軽く舌打ちする。女生徒が誰でも自分に靡くと思ったら大間違いだ。
さっさと書き終えて立ち去りたいのに、話し掛けられでもしたら迷惑極まりない。
本当だったらどこかへ行けと言いたいところだが、それを堪えて、今まで以上に素早くペンを走らせた。あまり長い時間一緒にいたくない。


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