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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第1話-13

―――放課後、夕焼けの赤が、教室全体を包む。
英里はそこで一人、日誌を書いていた。
あの時と、同じ。
英里の頭には2つの光景がない交ぜになった記憶が甦る。
初めて圭輔と会話を交わした時の事と、過去のあの事件の日の事。
ふと、教室の入り口の辺りに人の気配を感じた。
顔を上げると、そこには圭輔が立っている。
「…もうすぐ日誌書けますから…」
再び視線を机へ戻し、英里は最初の頃のように、素っ気無く話す。
これ以上、彼への思いを残したくなかった。
すらすらとペンを走らせながら、彼との短い期間の事を思い返していた。
全て書き終えて、日誌を閉じると、英里は一つ深呼吸をする。
静かに席を立ちあがり、ゆっくりと彼の元へと向かう。
視線に耐えきれず、目を伏せながら、彼と最後の言葉を交わした。
「先生、あの、いろいろと迷惑掛けてごめんなさい。もう、二度と会う事はないと思いますけど、私の事、嫌いにならないで下さいね。私は、先生の事好きだって言ったのは、嘘じゃないから…嫌われたまま別れるのは、やっぱりちょっと淋しいです…」
想いを残したくないと思いながら、未練がましくこんな事を言っている自分自身に滑稽さを感じつつも、英里はたどたどしくそう告げた。
時折、涙が込み上げそうになるのを必死に堪えて、何とか全部言い切ると、少しだけ胸の奥に圧し掛かっていた重石が軽くなったような気がした。
昨夜、最後に何と告げるか自分なりに考えたが、彼を目の前にすると何もかもが無意味になってしまった。
でも、これで諦めが付く。そう自分に言い聞かせると、彼に日誌を手渡した。
「2週間お疲れ様でした。…さようなら、先生。本物の先生になれると良いですね」
伝えたい事は全て、伝えた。笑顔で別れられたら良いのだが、そこまではできそうになかった。
俯いたまま教室を出ようとすると、それまでずっと押し黙っていた圭輔が口を開く。
「……昨日といい、言い逃げはずるいな」
「えっ…?」
英里は思わず振り返ると、圭輔が彼女の体を抱き締めた。
「俺も…水越さんが好きだよ」
もう堪えるのが限界だと言わんばかりに強く、腕の中に抱き竦められる。
「せんせ…」
「忘れろって言われたけど…忘れられそうにない。忘れたくないんだ…」
英里の胸に熱いものが込み上げる。
不可解だった、気付かないふりをして目を逸らそうとしていた気持ちの正体。
はっきりと形を成して表れた、その思いは涙となって、英里のまなじりから零れ落ちた。
顔は相変わらず下を向いたままだ。むしろ、ますます上げられなくなった。
「…先生って、おかしいです。私みたいな、変な、生徒が好き、だなんて…」
英里は涙を隠すために皮肉を言ってみても、声が震えていては意味がない。
「あぁ、そうかもな。でも…」
圭輔は英里の両頬を優しく包み込んで上を向かせる。
涙で潤んだ瞳が、圭輔に向けられた。
その愛おしさに身を任せるままに、軽く口付ける。
昨夜とはまるで違う、ほんの触れる程度の短いキス。
しかし、互いの気持ちを確かめ合うには十分だった。
「そういうとこも全部含めて惹かれたんだから仕方ないだろ…」
圭輔も若干顔を赤らめて、英里にそう告げた。
彼女の顔がみるみるうちに朱に染まり、圭輔の目に、そんな英里の反応がますます愛らしく映る。
抱き締める腕に、自然と力がこもる。
そのまま、2人はしばらくの間、抱き合っていた。
圭輔の胸に顔を埋めている英里に、彼の心臓の鼓動が伝わる。
今の状況が嘘みたいで、信じられなかった。
「…誰かにこんなとこ見られたらまずいし、帰るか…」
照れながらそう言った彼の言葉に、英里はぱっと腕を放し、控えめに頷いた。

帰り道、英里はぽつりと話し出す。
「本当は…先生と会えなくなるなんて怖くて仕方なかったんです。今までこんな気持ちになったことがなかったから、もしもう二度と先生と会えなくなったらと思うと、自分がどうなるか不安だった…」
切に訴えかけてくるような彼女の本音。
圭輔は安心させるかのように、優しく英里の頭を撫で、髪の毛先まで指を滑らせる。
彼女もこの時だけは心地良さそうにその行為に甘える。
「これからも、会えるよ。いつだって」
その言葉に、英里は心からの笑顔を浮かべた。



―――翌年の春、桜の舞う頃。
講堂の壇上に、再び彼の姿がある。
圭輔は、正式に英里の学校の教師となって戻ってきた。
教師になりたいという夢が叶ったのだ。
眩しい笑顔で、新任の挨拶をする圭輔。
数いる生徒の中で、圭輔は英里の姿を探し、目に留める。
背の高い彼女は目立つのだ。視線を向けて、優しく微笑む。
英里は、そんな彼の瞳を嬉しそうに見つめ返した…。



<第1話・完>


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