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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第2話-1

教壇に、一人の若い教師が立っている。
授業科目は数学。
凛とした立ち居振る舞いと張りのある声は、まるで新任教師とは思えない。
加えて、穏やかな雰囲気と柔和な微笑み。
しかし、すっきり通った鼻梁に切れ長の涼しげな目元は、同時に男らしさを感じさせる。
気さくな性格のため、男女共に生徒受けは良い。
…彼は、そんな人だ。

彼女は、教室の一番後ろの席に座っていた。
視線の先は、窓の外に舞い散る桜。
艶々とした長い黒髪が美しく風に舞う。
キュッと締まった紅い唇は意志の強さを思わせる。
眼鏡の奥から覗く瞳、その黒みがかった茶褐色の瞳の翳りが彼女の印象を薄くしている。
そのせいで、彼女の美しさはあまり表立ってはいない。
…彼女は、そんな子だ。

不意に、二人の視線が絡む。
教師は、そのままの口調で授業を続ける。
女生徒もすぐに視線を窓の外に移す。
誰も気付いてはいない、誰にも気付かれてはいけない。
この二人の関係を…。

教師の名前は、長谷川圭輔といった。
彼は去年の春、この学校に教育実習生としてやってきた。
その時、この女生徒、水越英里と出会い、惹かれあうことになる。
―――そして、彼はこの春、正式にこの学校の教師となった。

「水越さん、相変わらず授業中ボーッとしてるな…」
溜息混じりに圭輔が答える。
「…俺の授業、つまらない?」
「いえ、私は誰の授業でもそんな感じですから」
素っ気無く英里は答える。普段は外見どおりとてもクールな性格なのだ。
その分、一旦箍が外れると直情的で、かなり突飛な行動に出るのは彼も何度も経験済みである。
「先生、私が惹きつけられるくらい面白い授業できるようこれから精進して下さいね」
助手席に座る英里は、にっこり微笑んで彼に追い討ちをかけた。
「…はい」
落ち込む圭輔を、英里は横目で楽しそうに見やる。
彼は今年23歳。大学を卒業したばかりだ。
年齢の割に素直で、真っ直ぐな性格の好青年である。
自分のことをひねくれて可愛くない性格だと認めている英里は、そんな彼を羨ましく感じる時もある。
こんな風に、年齢も離れて性格も正反対の二人が何故か付き合っている。
互いにその事実が不思議でならなかった。
…いろいろと話している内に、英里の家へ到着した。
「ありがとうございます」
「じゃあ、また明日な」
また明日…
その言葉が、これから毎日圭輔と会えるということを実感させてくれ、英里の胸は高鳴る。
教育実習期間が終わった後、圭輔とは忙しくてほとんど会えなかったのだ。
彼からの連絡はいつもメールで、電話もあまりなかった。
意地っ張りな彼女だ。
自分から連絡してばかりなのが悔しくて、決して頻繁に電話しようとはしなかった。
本当は、声だけでも聞きたくてたまらなかったのに、素直に甘えられない自分が心底嫌になったこともある。
そしてある日突然、圭輔が自分の高校に赴任してくることを告げられた。
入学式の日に挨拶をする圭輔を見て、英里は思わず涙が溢れそうになるのを必死で抑えた。
そのくらい、久しぶりに姿を見たのだ。
名実共に社会人となった彼は、去年よりも一回り大きくなっているように感じた。

―――5月の中間テスト。
数学の試験の採点をしていた圭輔の目に、英里の名前が映る。
(いっつも授業聞いてなさそうなのに、何でこんな成績いいのかねぇ…)
彼女らしい丁寧な字で書かれた答案は、解答も明快でとても見やすい。
(…ん?)
用紙の下の余白に何か書いてある。
“先生の授業、だいぶわかりやすくて楽しくなりましたね。”
「くくっ…」
英里のメッセージに、圭輔は思わず忍び笑いを漏らしてしまった。
「何を笑ってるんです?」
背後から女性の声がする。この学校の保健の先生だった。
「いえ、何でもないんですよ」
圭輔は慌てて、英里の答案を一番下に置く。
普通なら、こんな書き込みのある答案は0点扱いにしてもおかしくないのだ。
クールな反面、こういう一面も持ち合わせた彼女が、圭輔はとても気に入っている。

校内で、圭輔と英里が会えるのはいつも放課後の夕暮れ時。
クラス委員の英里は、毎日日誌を書くことが日課である。
圭輔は夕陽に照らされた彼女の横顔を眺めるのが好きだった。
少女である彼女が、とても大人びて見えるこの瞬間。
声を掛けるのも躊躇われる程、この空間の彼女の存在感に圧倒される。
「水越さん…」
「先生」
無機質な美しさが一変して、柔らかい笑顔が圭輔に向けられる。
化粧気の全くない彼女だが、それが逆に、彼女自体の自然な美しさを見せている。
白い肌が、差し込む夕陽に紅く染まっていた。
「もう少しで書けますから、待ってて下さいね」
再び、日誌に視線を落として書き続けているその姿を、圭輔は黙って見つめる。
英里の長い髪が風に靡く。
思わずその艶やかな髪に触れる。指どおりの良い髪の手触りが心地よい。
英里は日誌を書く手を止め、顔を上げて圭輔を見つめた。二人の視線が絡む。
彼女と付き合い始めて1年。
気まぐれな彼女のキスがきっかけで、二人は互いに惹かれ合うようになった。
未だに、彼女の表情、仕種一つ一つに反応してしまう。
そのまま、英里の紅い唇に圭輔は自分の唇を寄せる。
英里は、驚いたように目を瞬かせるが、すぐに目を軽く瞑ってそれに応える。
何度も何度も交わしたキス。
何度しても飽きないキス。
英里はそれで満足だった。
秘密の恋愛は、とても刺激的で、今までの彼女の世界を180°変えたのだった。


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