南風之宮にて 2-8
駆けつけた本殿は、大変な騒ぎになっていた。
「外にいたのね、ハヅル。こちらにいらっしゃい」
屋内に入るなり名を呼ばれ、彼女は王女のもとに走った。
王女は神官に導かれて応接室の一つに入るところだった。
いつも冷静な彼女にしては、珍しく緊張した面持ちをしている。
応接室には宮の司とそれに次ぐ高位の神官が数名、王子とエイ、アハトがすでにそろっていた。王女とハヅルが入室したのを確認して、王子が口火を切った。
「それで、何事だ?」
「参拝者の話では、神域の入り口に正体のわからぬ軍隊が検問を敷き、通過しようとする者を片端から捕らえているとのことです。あの者たちは、先行した者が捕らわれたのを見て、森に身をひそめながら引き返した、と」
「軍隊だと? 数は」
「皆目……。引き返す者たちを追っては来ておりません。しかし、少なくとも中隊以上の規模の野営の跡が目撃され、宮より出る道は全てふさがれておるようです」
南風之宮は山岳地帯を背にした高原に立地している。
本殿のあるのは広大な平野だが、そこにいたるまでに長い山道を登らなければならない。
宮への経路は一つだ。
背後はけわしい峡谷、南には湖、あとは昼なお暗い深い樹海に囲まれ、参拝者のための参道がただひとすじ伸びているのみである。
「外の社の神官と連絡は?」
「ついておりません。全員捕らわれたものと……」
眉間に苦渋をにじませながら神官は答えた。
「四方神殿に攻撃とは、また思い切ったことをする輩が出たものだな。俺たち兄妹をどうにかしようというのだろうが」
王子はあきれたように肩をすくめた。
「正体不明と言ったな。我が国の軍か外国人かも不明か?」
「申し訳ございません。なにぶん、接触を避けて引き返した一般の者たちですので」
王子は腕組みした。
「周辺諸国ならば外見や軍装もそれほど変わらんからな」
「外国の……と言われますと、兄上はイスルヤの侵攻とお考えですの?」
ひかえめな声音で王女が訊ねた。
イスルヤは南部の国境を接した国で、一昨年ロンダーンに侵攻し、国境沿いの町をいくつか占領していた。
ロンダーンはただちに応戦し町を奪還したものの、領地をめぐっての争いは何世代も前から続いており、未だに完全な講和を結べていない。
イスルヤから南風之宮までかなり距離はあるが、けわしい山岳地のために間に町は少なく、なりふりをかまわなければ進軍できないことはない。
仇国の世継ぎの王子と王女を手中にできる好機と見れば、多少無理をしてもと考える可能性は十分にある。
「むろん国内の誰かが俺たちを邪魔に思ったのかもしれんが」
そちらの方がありそうなことだ、と王子は小さく笑った。