南風之宮にて 2-6
「どうして私が彼に懐くと思うんだ」
ハヅルは憮然と聞き返した。
だいたい、懐くとはなんだ。まるでそこらの飼い鳥扱いである。
「違ったか? そこらの人間とは違うと感じなかったか」
「それは……あの剣才だけ見ても、他とは違うだろ」
「そればかりじゃない」
興味を抱いたのは確かだ。
守護する王族以外の人間には無関心なのがツミの一族の基本だ。
ハヅルも例外ではなかったのだが、エイの剣技や言動には、心を惹かれる何かが確かにあった。
その正体は何なのかと考え込んだ彼女に、幼なじみの少年はあっさりと答えを提示した。
「彼はツミ好きのする人間だからな」
アハトの言葉にハヅルは不思議と納得した。
素直な性質と控えめな態度。加えて端麗な容姿と天賦の武技の才。
言われてみれば、ツミの好む人間像に近い気がする。
そこで、ハヅルはふとある考えに思い至った。
「お前も、気に入ってるってことか?」
「……そうだな。面白い人間だと思う」
素直な答えに、ハヅルは驚いて片眉を上げた。
アハトは彼女以上に、一族以外の人間に関心を示さないのが常だった。
それも強いだの面白いだの、誰かを好意的に評したのを聞くのは初めてだ。
西の戦で彼らの間に何があったのだろうか。好奇心がわき上がった。
ハヅルは戦に一度しか行ったことがない。
王女に付いている立場上、仕方のないことだ。
その一度の戦とは王女の初陣で、彼女の指揮のもと見事勝利を収めたわけだが……むろん、陣中の王女のもとまで刃が届くようなことはなかった。
そうである以上、ハヅルには特にすることもなかった。
彼女の務めはあくまで警護であって、戦場で戦うことではない。
王子は敵の目に身をさらし、自ら戦闘に飛び込んでいくのだという。
士気を高める目的でもあろうし、彼自身の性質のためもあるが、それが兵士たちに絶大な人気を誇る理由でもあった。
他国ならば、世継ぎの王子が戦線で剣をふるうことなど、よほど戦況が悪くなければありえないが、ロンダ―ンの王子にはツミの守護が付いている。多少無茶をしても危険はない。
ロンダーン王家は代々、特に建国初期の何代かは、そうやって彼ら自身の優位を誇示し、王権強化に利用してきたのだ。
王子の行動を、祖先に倣った人気取りのパフォーマンスと切り捨てるのは容易いし、そう誹るものもいる。
もちろんそうした打算はあるのだろう。
だが少なくとも、アハトの吐く悪口の中にそういう内容のものはなかった。
バカ呼ばわりもするし、無茶苦茶だ迷惑だと切り捨てるが、彼は王子が卑小な、ツミの守護に値しない人間とは思っていないのだ。
戦場での王子は、きっと王宮で気ままに振る舞っているのとは違って見えるのだろう。
ハヅルは別に戦が好きなわけではない。
ただ、アハトが自分の知らないものを見、経験していると思うと、正直とてもうらやましかった。
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