南風之宮にて 2-2
ぞろぞろとその後ろについて歩くうちに、エイがつとハヅルのそばに寄ってきた。
「やあ、ハヅル」
王女の前で見せていた緊張のすっかり解けた顔を、エイは彼女に向けた。
「エイ」
彼の親しげな態度に、ハヅルは戸惑った。
彼に対してはかなり不躾な態度をとった記憶がある。こんなふうに打ち解ける機会はなかったはずだ。少なくとも彼女の認識ではそうだったのだが、
「元気だった?」
エイはそう思っていないようだった。
笑顔と判別できるほどではないが、表情がやわらかい。
「……まあ、元気」
「この間のことで、大変だったそうだね。ちゃんと謝りたかったんだけれど、顔を合わせる機会がなくて」
「その日のうちに謝られた覚えがあるぞ。そんなに何度も謝りたいのか?」
怪訝に訊いた彼女に、エイは苦笑した。
「あのときは、そんなに深刻なこととは思わなかったから」
「私だって思ってなかった。何にしろあなたに責任はないんだから、気にしなくていい」
「そう言ってくれると、気が楽になるよ」
彼は言葉どおり安堵の息をついた。
「君が神殿に発ってから、アハトがやけに僕に厳しいものだから。君たち一族にとってはずいぶん深刻なことだったんだと、実は結構悩んでいたんだ」
アハトに聞こえないようにとの配慮なのか、エイは声をひそめながら、少しかがんで彼女の耳元に顔を近づけた。
ハヅルは思わず前を歩くアハトの背を見た。
ツミは聴力が常人の何倍も良いから、小声とはいえ聞こえていないはずはない。
だが彼は、名を出されたことに、まったく気付いた素振りを見せなかった。
※※※
王子が南風之宮にやってきてから三日が経った。
……の、だが。
挨拶を分担して王女の雑務を軽減するでもない。神事に参加するでもない。
王宮にいるときとまったく変わらず、本殿の外れに広がる牧草地でエイや王女の親衛隊を相手に、くる日も剣術の腕比べを楽しんでいる。
最初は本殿前の、石畳でしつらえられた広場の真ん中を陣取っていたのだが、参拝客や神官の邪魔になるからと宮の司に追いやられたのだ。
王女の親衛隊がぐるりと囲む輪の中で、現在王子の試合相手をしているのはエイである。
ハヅルは少し離れた木の枝に座って観戦していた。
王女は今日一日、潔斎の儀式のために奥の院にこもらなければならず、ハヅルは例によって宮の司に追い出されてしまったのだ。
本来ならば王子も潔斎に入らねばならないはずだが、彼はそれを雑事と言い捨てて、行事当日以外のことは省略する気満々でいる。
宮の司も、王子に対してはあまり強く出る気がないようだった。
世継ぎという立場もあるが……おそらくあの宮の司ですら、あきらめているのだろう。