狼さんは心配性。(注意、性描写あり)-2
その日、ルーディは昼下がりの市場でラヴィを見つけた。
人の多い場所は、情報を集めるのにうってつけだ。
ルーディはよく市場を歩き回っているし、ラヴィは夕食用の買い物だろう。
だから、二人が市場にいたのは自然だった。
だが、王都の賑やかな市場の中で見つければ嬉しくもなる。
声をかけて、そのまま一緒に帰ろうと、ルーディは近寄った。
「ラ……」
声を途中で引っ込め、反射的に近くの露店へ身を隠す。
ラヴィは、二人組みの男に話しかけられていた。
そのまま声をかければ良かったのに……諜報員の悲しい性だ。
完全にタイミングを失った。
(俺は、何をやってんだか)
内心でため息をつきながら、買い物客に混ざって果物を眺めるフリをする。
もちろん全神経は、ラヴィと二人組の会話を拾うのに費やしながら。
――いや。本当に、なにやってんだか。
「……私もここに来て日が浅いので、あまり詳しくないの」
申し訳なさそうに、ラヴィが答えている。
二人の男は、まだそこそこの若さで、服装からして地方の下級騎士だろう。
休暇をとって地方から出てきたのかもしれない。
「残念だなぁ」
男Aが、大げさにため息をつく。
「王都に来たのは久しぶりだから、お勧めの酒場を知りたかったんだけど」
「ああ。ぼったくられるのも嫌だし。どうせならアンタみたいな可愛い子に案内してもらえりゃ、ありがたい」
男Bもそう言いながら、ラヴィを無遠慮にじろじろ品定めする。
(そんなの、観光案内所で聞け!)と、声に出さずにルーディは毒づく。
そもそも王都は規律が厳しいから、よほど裏のヤバい店に行かない限り、そんな心配は不要だ。
声をかける口実。ナンパの常套句だ。それもテキストの一ページ目に載ってるような。
「ごめんなさい。もし良かったら、観光案内所の場所を教えるから……」
「それじゃ、宿の酒場で一緒に飲まない?」
「え?」
「案内所にわざわざ行くくらいなら、宿で飲んだほうが早いし、もう他の子を誘う時間もなくなっちゃったしなー」
「悪いと思ってるなら、ちょっと付き合ってよ」
一体どういう理屈だと、怒りを通り越して呆れる。
「でも私、帰らなくちゃ」
「少しくらい良いだろ。おごるから」
「せっかくだけど……」
それ以上聞いたら、狼化して馬鹿二人に襲い掛かってしまいそうだった。
「ラヴィ、お待たせ」
急いで近寄り、肩を抱き寄せる。
「ルーディ!?」
「ラヴィ、今日の夕飯は何作ってくれんの?」
華奢な身体をいっそう引き寄せながら、耳元にそっと囁いた。
「でも、一番先にラヴィを食べたい」
真っ赤になったラヴィとニヤついてるルーディを、男たちが面白くなさそうに睨む。
「おい、北国の狗がうろついてるぜ」
ルーディの付けている青い紋章を指し、男が嘲る。
『北国の狗』は、愛国心の強いフロッケンベルクの錬金術師や傭兵を侮辱する呼び名だ。
「とっとと帰って、お前の国王さまの尻でも舐めてろよ」
あまりの言葉にラヴィが顔をしかめたが、ルーディは大して気にもしない。
よくある事だし、彼らは己の低俗さを大声で言いふらしてるようなものだ。
「帰ろうか」
無視してラヴィを促す。
「一人で帰れよ、狗」
ルーディが言い返さないので、調子づいたらしい。
男Aがラヴィに手を伸ばす。
「錬金術師なんかより、俺たち騎士と仲良くなったほうが、よっぽど得だぜ?」
「なぁ、アンタもメス狗から人間に戻りたいだろ?」
――次の瞬間。
ラヴィの肩を掴もうとしていた男は、地面に転がってていた。
「っぐ!?……え!?」
ルーディが男の片腕をひねりあげて足払いをかけ、地面とこんにちはさせるまで、0.3秒。
おそらく、自分の身に何が起きたのかも理解不能だったろう。
痛みに息を詰まらせながら、キョトンと呆けている顔は滑稽だった。
もう一人も、呆然としてルーディと相棒を見比べている。
「ワンっ!」
ルーディがニヤリと笑って指先でつつくと、やっと我に返ったらしい。
悲鳴をあげ、地面の相棒をほったらかして逃げて行く。
「ハハハッ、薄情な友達だな」
ルーディはまだ倒れていた男を立たせ、軍服の埃をポンポンとはたいてやる。
「ま、休暇を楽しんでくれ」
軽く肩を叩くと、そいつも競走馬のようにすっ飛んで逃げていく。
周囲の何人かが注目しており、騒ぎを通報までしてくれたおせっかいもいたようだ。
うるさい守備兵が来る前に、ラヴィの手を引いて、大急ぎでその場を離れた。
(何やってんだか……)
この数分で三回目のツッコミを入れる。
目立った行動はしないのが、諜報員の鉄則。
けど……ラヴィが侮辱されるのは許せなかった。
「ラヴィ。ああいうヤツは相手にしないで、すぐ逃げないと」
「本当に案内して欲しかっただけかと思って……」
「そんなわけないだろ。ラヴィは可愛いんだから。狙ってるヤツはいっぱいいる」
のんきな返答に、知らず知らずに顔が強張る。
ついラヴィの手を握る力も強くなっていたらしい。
「ルーディ、痛い」
小さく悲鳴をあげられ、あわてて離した。
「わっ!ごめん!」
「それに、まだお買い物がこれからなの」
言われてよく見れば、ラヴィの買い物かごは空っぽだ。
「……そっか」
タチの悪い狼は、ニヤリと笑う。
「それじゃ、たまには外でメシ食おうか」