茜空-2
「ツキちゃん。今、何か言おうとしてた?」
「え…。」
ツキちゃんは戸惑った表情を浮かべた。
「いつも言いたいこと我慢してるような顔してるし。
何かあるなら、我慢しない方が良いと思うけどな。言いたくないんだったら別にいいんだけど。」
「……。」
ツキちゃんが先程言っていたことを思い出した。恋物語の嫌な終わり方が好きだと何か問題があるのだろうか。
「ねぇ、私に何かして欲しいことある?」
ツキちゃんの突然の質問はいつものことだった。
「ないよ。」
「して欲しくないことは?何でもいいんだけど。」
「わかんない。」
「私と一緒にいて、嫌じゃない?」
「何でそんなこと聞くの?」
私の言葉に、ツキちゃんはまた傷ついたような表情を浮かべた。
「いや…何でって事はないんだけど。」
また沈黙になった。
一体なんなんだろう。私には良くわからない。
「なんか、良くわかんないよ。」
「うん…分かってる。
でも、その、サコにとって私がいないほうが良いってことはない?」
ツキちゃんは変わった子だけど、今日はとりわけ変だ。
「だから、なんでそんなこと言うの?」
私は思ったことを思ったように言った。
すると、ツキちゃんがついに泣き出してしまった。ツキちゃんが泣くのを見るのは始めてだ。
「どうしたの?」
「…なんでって、聞き返さないでよ。」
私は愕然とした。まさかそのことで泣いているの?
「私は、私はただ、私がサコの隣にいてもいいっていうことを、サコの口から、一回でもいいから聞きたかっただけなんだよ。」
「え、なんで?」
「だから、聞き返さないで。
そんなことまで言いたくないよ。」
どう言ったら良いのか分からず、黙り込んだ。
隣にいてもいいなんて、そんなこと言う必要がないと思った。
ツキちゃんは私の友達のはずだ。隣にいてもいいとかいてはいけないとか私が決めることじゃない。
「ごめん、私…ツキちゃんの考えてること、よく分からない。」
「うん。ごめんね。いいの、サコは全然悪くないんだけど。
本当は…本当は、私にそばにいて欲しいってサコに言って欲しくて、でも、サコがそういうこと言わない人だってこと、私、分かってるから。」
少し考えてみた。
「そんなのなんか恋人みたい。変だよ、友達なのに。」
すると、ツキちゃんが驚いたように私を見て、先程よりも一層悲しそうな顔をした。
ツキちゃんの目から涙がどんどん落ちていく。
「そうだよね。私とサコはただの友達だもんね。でも、私は友達じゃ嫌なんだよ。
サコの中での私の位置がはっきりしない『友達』なんて、悲しくて寂しくてもう耐えられない。私はサコが特別なのに、サコには私が特別じゃないことがすごくすごく悲しくてたまらないんだよ!」
私はただ目を見開いていた。
「私はサコが……好きなのに。
そんなの一方的で自己中だけど、でも気持ち消せなくて。
気持ち悪いとか嫌だって思われるの分かってたけど、どうすればいいのか分からなくて、こういうのって世間では変だって言われるし、自分でもこんなんなるとか思わなかったけど、でも絶対嫌われたくなかったし…何言ってんだろ。
なんかぐちゃぐちゃ。ごめん、忘れて。本当ごめんね。もういいから!」
言い終わると同時に、ツキちゃんは鞄を取って走った。
私は無口なツキちゃんがこんなに喋ったところを始めて見たので驚いていたが、すぐにはっとしてツキちゃんを追いかけた。
廊下にツキちゃんの後ろ姿が見えて、必死に走った。
服の裾を掴むと、それでバランスを崩して二人で転んだ。
「なんで?…何で追っかけて来るの。」
振り向いて、涙で濡れた目で私を見る。その目で私を愛しく思っているのだろうか。
なんでこんな私を?
「あんなこと言われたら普通追いかけるよ。」
「そっか…そうだよね。突然変なこと言われてびっくりしたでしょ。ごめんね。もう私と話したくなかったらそれでもいいから。」
「ツキちゃん、」
「もう嫌だ。何で同じままでいられなかったんだろ。こんな気持ち悪い感情持たなければ良かったのに。普通でいられれば良かったのに、」
「ツキちゃん!」
ツキちゃんはびくっと反応して、言葉が止まった。
「落ち着いて。ツキちゃんは全然変じゃないよ。普通だよ。気持ち悪いとかも思っていないから。」
ツキちゃんはこんなに普通に人を想っているのだから。
変なのは、私の方なんだよ。
「ツキちゃんは、私のこと好きなの?」
ツキちゃんは恐る恐る頷いた。
「私にどうして欲しいの?」
「えっ」
「何かして欲しいことがあるんじゃないの?」
ツキちゃんは戸惑いながらも考え始めた。
「あの…嘘でも良いから、サコに私のこと好きって言って欲しい。」
「うん。ツキちゃん、大好きだよ。」
これだけのことでツキちゃんはさっきよりも激しく泣き出した。どうしてなんだろう。なんでこんなに一生懸命なんだろう。
「他には?」
「そんな、もう充分だよ。私はサコがこのまま友達でいてくれるだけで嬉しいから。」
「そうなの?好きだと触りたいとか思うんじゃないの?」
ツキちゃんの顔が赤くなった。
「それは…ないことはないけど。そこまでは…。」
「私とセックスしたいと思わないの?」
ツキちゃんはびっくりしたように目を大きく開いた。
「それは、思わないよ…わかんないし、なんかそういうことって汚いって言うか、好きじゃないから。」
「そうなんだ。」
私は不思議に思いながら、ふいに思いついてツキちゃんにキスをした。
ツキちゃんは驚いていたけど、嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。
私はそのあと何度もツキちゃんとキスをした。
セックスは嫌でもキスは良いんだ、と頭の片隅でつぶやきながら。