Dr.COOL-7
―『・・・・痛ててっ。』
下腹部に走る微かな痛みで目が覚めた。気付いたら彼女はいなかった。それだけじゃない。あれだけ乱れたパジャマが着せられていた。パンツは枕元に置いてあったが・・・・
《彼女、今日も仕事なのかな・・・・?》
昨晩の事が夢の様に思えてならない。しかし、シワだらけのシーツがそれを真実だと物語っていた。
…ズキッ!
下腹部がまた痛みだした。手術痕だ。疑問に思った。もう退院出来るくらいまで回復しているはずなのに・・・・
《何で痛むんだ?》
傷口を確認する為、布団をはいだ。パジャマについた赤いシミが目に入った。
《まさか・・・・》
パジャマをめくり上げ、傷口を見た。血がにじみ出ている。
『ヤバっ!!!!』
明らかに焦っていた。慌てる手でボタンを押し、ナースコールする。事情を説明したら、担当の看護士がすっ飛んできた。
『村井さんっ!大至急、患部を見せて下さいっ!』
―幸い、大事には至らなかった。患部がまだ完全に塞がりきっていなかった為、上のとこから若干の出血があった、と説明された。治療も簡単なモノで済むらしい。しかしその後、看護士からキツい一言が・・・・
『村井さんっ!いくら治りかけでもムリしたら傷も開くし、そこが化膿する場合だってあるんですからねっ!』
『すいません・・・・以後、気を付けますんで・・・・』
確かに病み上がりだったが、手術した箇所を除いては至って健康。それがムチャの原因だったんだろう。さすがに俺も反省した。
『一応、先生に報告しておきますけど、当分は安静ですっ!!とにかくっ・・・・』
…コンコンッ!
看護士の説教の最中、扉を叩く音かした。彼女だった。いつも通りのクールな顔つきだが、どこか雰囲気が違った。肌のツヤも戻り、昨日とは見違えるほど元気そうだった。
『あっ、先生!』
看護士が彼女に駆け寄り、事情説明をする。あらかた話を聞いた彼女は、看護士に言った。
『後は私が診ます。他の患者さんの事もあるんで、あなたはナースセンターに戻ってなさい。』
看護士が病室を出ていく。扉が閉まるのと同時に、彼女の表情が変わった。明らかに、気まずそうな顔だ。いきなり頭を下げた。
『ごめんなさいっ!私がムリさせちゃったから・・・・あなたが患者さんだっての忘れて・・・・』
俺まで気まずくなる。彼女は頭を下げたまま動かない。耐えきれなくなり、声を発した。
『久美子さん、顔上げてよ。俺がムチャしすぎたのが原因なんだし・・・・それに、大した事ないって。大丈夫だよ。』
それを聞いて、恐る恐る顔を上げる彼女。目が真っ赤になっている。ゆっくりと近づいてくる。
『私・・・・宏樹君に言われた事、嬉しかった・・・・本当に、自信無くしかけてたから。宏樹君がいなかったら私、辞めちゃってたかも・・・・私、先生なのにね・・・・』
ポロポロとこぼれ落ちる涙。しかし、表情は実に晴れやかだった。自分が進むべき道、目指す目標が見つかったのだろう。俺もたまには役に立つんだな。
『でも、今朝はビックリしたよ。起きたらいないんだからさぁ。』
『だって、添い寝してるとこなんか、巡回のナースに見られちゃマズいでしょ?それより、宏樹君にパジャマ着せるの大変だったんだからね。仮眠室入ったら、疲れてすぐに寝ちゃったわよ。』
涙を拭いながら、笑う彼女。二人の笑い声が、病室内に響く。
『ところで・・・・』
おもむろに口を開いた。
『なぁに?宏樹君。』
微笑む彼女。
『これからも久美子さんが担当してくれるんだよね?』
『もちろんでしょ!最後まで責任持つよ。それに・・・・』
彼女が近づいてくる。
『宏樹君も最後まで責任持ってよね・・・・』
彼女が優しく唇を合わせる。温かく、心地よい感触。彼女が顔を上げる。
『今回はここまでっ!』
時間にしたら大した事はないが、彼女の満面の笑みを見れたから、充分満足している。
『さてっ!他の患者さんも待ってるし、そろそろ行くね。』
今までにない明るい声。俺まで気持ちが晴れやかになる。彼女に快く仕事をさせたい。俺はそう思った。
『久美子さんっ!今日も頑張って下さいっ!!』
月並みな言葉。でも、彼女は嬉しそうだ。
『うんっ!宏樹君からいっぱい元気もらったから。じゃ、頑張ってくるねっ!』
そう言うと、彼女は部屋をあとにした。その顔はクールなそれではない。自らの決意と自信、気合いを感じる凜とした表情だった。
そのままベッドに横になる俺。日差しが柔らかく降り注ぐ。本当に今日はイイ天気だ。
《たまにはこんな生活もイイかな・・・・》
病室の天井を見上げ、そう思った。しかし、しばらくしてある事を思い出した。
《あっ!!合コンの件、忘れてたよ・・・・》