Dr.COOL-4
―さらに次の日。比較的自由に移動が出来る様になったので、売店に顔を出し読み損ねた週刊誌を立ち読みをしていた。そこで二人の看護士の会話が耳に入った。
『中邑先生の担当してる患者さん、もうダメみたいよ。』
『あの先生、ほぼ一日中ついてるよね。』
『うん、シャワーと睡眠以外はあそこに居っぱなしみたい。毎日、三時間くらいしか寝てないらしいし、食事もそばで取ってるんだって。』
『他の先生が交替を勧めても断ってるって。』
気が付いたら俺は、看護士に問い詰めてた。
『彼女はっ・・・・中邑先生はどこにいるんだよっ!』
鬼気迫る表情に、脅える看護士達。
『た、確か北棟の集中治療室の所に・・・・』
話半分でその場に向かった。しかし、誰もいない。それどころか、その治療室には人がいる気配すらない。空振りだった。そばにいた看護士に話を聞いた。彼女が担当していた患者は、先程亡くなった、と。その後、彼女がどこに行ったかは分からないそうだ。シフト上では今日、非番になっている上に連絡も取れない。多分、家に帰って休んでるのではないか、そう言われた。
重い足取りで病室に戻る。部屋の前まで来たら、誰かが立っていた。明人さんの彼女の愛美さんだった。
『あれ?宏樹君、もう歩ける様になったんだ。元気そうでなによりだわ。』
覇気のない顔で、愛美さんを病室に招き入れる。
『何か、元気ないわね。一体、どうしたの?』
笑顔で語りかける愛美さん。俺が重い口を開く。
『・・・・実は、気になる女性がいて。その人、俺の担当の先生なんです。でも今日、他で担当してた患者さんが亡くなったらしくて・・・・』
ここから先の言葉が出て来ない。頭の中が混乱して、言葉が整理出来ないでいる。
『あのね・・・・』
愛美さんが口を開いた。
『あくまでも私の考えなんだけど、その先生は必ず宏樹君の前に戻ってくるよ。だって、そこまで患者さんに親身になってくれてるんでしょ?今は落ち込んでるかもしれないけど、宏樹君って患者さんを残して消えちゃうほど、無責任な事なんかしないよ。それに、その先生が親身になってくれてるんなら、今度は宏樹君がその先生にお返ししなきゃ!』
確かに。言ってる事は非常に正しい。彼女は自分の力を信じ、それをフル活用して患者を助けようとした。そして俺は助けられた。だったら、今度は俺が助ける番だっ!
少し考えてから、口を開いた。
『愛美さん、何か少しラクになった気がします。』
『少しは役に立てたみたいね。宏樹君、あなたはいつも明るいんだから、気落ちしてちゃイイとこなくなっちゃうよっ!』
ホントに愛美さんはイイ人だ。明人さんには勿体ないくらいに。おかげで勇気が出てきた。必ず、彼女の力になってやりたいって気持ちが強くなってきた。
『ところで愛美さん、今日はお一人ですか?』
『実は、明人に急な仕事が入っちゃってさぁ。ホントは二人で来る予定だったんだけど・・・・あっ、お見舞い買ってきたから、その先生と一緒に食べて。』
人間が出来てる。こりゃイイ奥さんになる人だ。しかし、旦那があれじゃなぁ・・・・
本気で合コン話をチクってやりたかったが、今はそれどころじゃない。
『今は彼女、所在が掴めないんです。だから俺、待ってみますっ!必ず、ここに戻ってきてくれる事を信じて・・・・』
『うん、そうだよ。好きな人を信じる。それが相手に対しての思いやりなんだから・・・・宏樹君、イイ顔になったよっ!じゃ、私は帰るけど、退院の時は教えてネ。ウマくいくとイイね!!』
励まされた。これ以上ない元気をもらった気がする。とりあえずは待ってみよう。必ず、俺のとこに来てくれるはずだ。そう信じたい・・・・
…コンコンッ!
扉をノックする音で目が覚めた。知らぬ間に寝ていたらしい。時計は夜の10時を指していた。
『誰ですか・・・・?』
…ガチャッ!
久美子さんだった。暗がりでも分かるくらい、表情はやつれていた。いつものクールさのかけらなど微塵もなかった。
『・・・・ヒドい顔でしょ。』
ムリに作った笑顔で話し掛ける。足元もフラついてる。俺はすぐさま立ち上がって、彼女を支えた。
『どうしたんですかっ!?どうしてこんなになるまで・・・・』
彼女をベッドに座らせて聞いた。力なく、話し始めた彼女。
『兄が・・・・私が中学の時に、事故で死んだの・・・・とてもツラかったし、悲しかった。でも、その時の病院の先生、一生懸命になって兄の治療をしてくれたの。それを見て、私も医者を目指したの。私みたいにツラい気持ちを味あわせたくない、悲しい気持ちにしたくない・・・・でも私の力不足だった。他の先生なら助かったのかもしれない・・・・そう思うと・・・・』
彼女の頬に大粒の涙がつたう。それは静かに、次々と流れ落ちた。