若き富田林氏、最大のピンチ!-6
石川のオッサンが嫌な顔をしながら受話器を取り上げた。
「はい、フロントです。は、はい、もう向かってます。いえ本当です。はいはい、今しばらく、今しばらくお待ち下さい」
相手の罵倒に受話器を耳から離して、応対すると慌てて受話器を置いた。
「もうアカン、早よ行かな状況は悪なる一方や」
「石川さん、ここで一番年長なんやから行ってくださいよ」
「アホ!ワシは単なる手伝いやんけ、絶対嫌じゃ!それに掃除したんはお前らやろ、お前らでなんとかせえ!」
岸和田が頼んだが、それは一蹴された。
「オレらだけでぇ?そらヒド過ぎるわ。オレなんかポット全然関係ないのによぉ」と松原。
「オレも知らんで、関係有るとしたら亀やんと泉大津やがな」と岸和田。
「お前何ぬかしよるんじゃ!なんでオレやねん。悪いのは亀やんやんけ!」と泉大津。醜い、醜すぎるでお前ら。ツレとしてホンマ情けないやんけ。
「わかったわい!行ったらあ!ホンマしょーもないヤツらやのお!ヤクザなんてそうそうこんな所に来るけ―!どうせただの口の悪いオッサンじゃ!」
「お―!行ってくれるか!見上げた新人やのう!」「さすが器が違うわ」「亀やん頼りにしてるでぇ」「お前やったら乗り切れる!」
心根の腐ったヤツらは、自身の安全が確保された瞬間、別人のように善人に変身し自分とは無関係の行為を褒め称えよる。
しかし、気のいいオレはそんな似非賛辞であっても調子に乗ってしまうのであった。まあ、ホンマはこいつらの言葉に騙されたふりして、恐怖心を隠してるだけやけどな。
「任せとけ!行ったるでぇ―――――!」
そんな自分自身を鼓舞するオレに、とどめの言葉で突き刺す奴が居った。
「どう考えてもヤクザやな。殺されたらアカン、おばちゃん悲しいわ」
こ、殺されたらやてぇ?おばはんなんちゅう事言うんじゃ!ア、アカン、折角盛り上がったオレの気分が一気にダダ下がりや…
その時、「黙れチン!」と、皆が声を揃えてくれた。
お―!今度は言うてくれてんなあ。メチャ嬉しいやんけ!再び、調子にのったオレは高めた意識が下がらない内に問題の部屋に向かった。嬉しいことに岸和田、松原、泉大津の三人はオレを心配し、恐る恐る付いて来てくれた。しゃーけど小心者たちは、オレを生贄していつでも逃げれる距離は保ってやがった。
部屋の前に着いた。手の震えも無く、膝もガクガクしていない。ヨシ!覚悟を決めたオレは世界最強や。
「行くど!」
10mほど離れた仲間に合図を送り、オレはインターホンホンを押した。
一瞬の間が長い…
すると突然、扉にガラスコップを投げつけたように『パッリーン!』と音が響き、続いて中からドスの効かせた言葉が聞こえてきた。
「オンドリャー!いつまで待たすんじゃ!アホンだら―!」
怒鳴り声と共に、再び『パッリーン!』と響いた。
ゲッ!ここまでするか〜、やっぱりホンモンや…
その『パッリーン!』でオレの手はブルブルと震えだし、ドスの効いた罵声でオレの膝は一気にガクガクしだした。そして続いた『パッリーン!』で全身の震えと反比例するようにオレの意識は一気に盛り下がって行きよった。
ア、アカン、しょんべんチビってもた…ちょっとだけやけど…
バツが悪いなぁと思い、仲間の方を向いたら、そこにはもう誰も居らへんかったんや。逃げ足だけはオクレ社長に負けへんヤツばっかりや!
…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
どや、にいちゃん。オレってメチャ勇気あるやろ!この時のオレはまだ二十歳前後のガキやで。しょんべんチビるのも愛嬌や。
しゃーけどこの時は、人生最大のピンチやったなあ。