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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.17 矢部君枝-2

 パラソルの下でも、やっぱり暑い。何か冷たい飲み物が欲しいけど、荷物の見張りをしなければならず、結局私は座ったまま、至君と拓美ちゃんのはしゃぎっぷりをずっと眺めていた。
 本当は海が嫌いなんだ。特に日本の海は。汚くて、底が見えなくて、引きずり込まれそうで、蒼くて、深くて。小学校の頃はよく、家族と一緒に浮き輪を持って海に行ったけれど、初めてあの事があって以降は行かなくなった。人に身体をラインを見られるという事自体、私の中では有り得ない。
 水着を着て、高い声を出してはしゃぐ、拓美ちゃんが羨ましかった。

 と、頬に冷たい感覚が触れたと同時に、横に生白い男の脚が伸びた。
「ほれ、かき氷。おごりな」
 スカイブルーのシロップが掛かっているかき氷を、いつの間にか海から上がってきた塁が私の目の前に無造作に差し出すと、智樹君がいない事に気づく。
「あれ、智樹君は?」
 立っている塁を見上げると、塁は眩しそうに顔を顰めて遠くを眺めている。
「智樹は溺れて死んだ」
「ばーか、いるよ」
 私の反対側に同じくピンクのシロップが掛かったかき氷を持った智樹君が座った。
「あ、生きてたの。残念」
「残念ってお前、一緒にかき氷並んでただろ」
 二人の遣り取りが可笑しくて、私は笑いながらかき氷をスプーンでシャリシャリとかき混ぜた。
「矢部君は水着にならないの?」
 塁は智樹君と同じピンクのかき氷を頬張りながら、顎で拓美ちゃんを指した。
「私はほら、拓美ちゃんと違って見せられるようなアレじゃないし。ここにいる」
 ふーん、と早くも溶けてきているかき氷を、掬う事無く飲み干している。
「確かに、小学生みたいだもんな、矢部君って。永遠の五番手」
 随分失礼な事を言うと思い、膨れっ面になった。
 私も早く食べないと溶けちゃうと思い、一生懸命に口に運ぶと、こめかみに痛みが走り、つい「イタッ」と声に出してしまった。
「こめかみ?」
 智樹君が笑いを含んだ言い方で指摘するので「うん」と頷くと、彼はカラカラと乾いた笑いをした。
 智樹君も飲み込むようにしてかき氷を食べ、空の容器を塁の容器に重ね、その上に私の容器を重ねた。
「塁、じゃんけん」
 分かっていたような顔で塁はそれに応じ、負けた。空いた容器とスプーンを、お店の横にあるごみ箱に入れてくる係になった塁は、かったるそうに立ち上がって何かぶつくさ言いながら歩いて行った。私と智樹君は二人になった。
「海、いこっか」
 私の顔を覗き込むようにして笑顔を見せる智樹君に戸惑い「え、でも、ほら、荷物」消えいるような声で呟くように言うと「貴重品無いから大丈夫だって」と言って私の手首を掴み、強引に引っ張った。
 私は声を上げる隙もないまま海へと連れて行かれ、あっという間に足が水に浸かっていた。目を合わせた智樹君は、やっぱり笑っていて、対して私は笑っていなかった。
「俺が腕掴んでも、大丈夫だったな」
 へ?と自分の手首に手をやった。そうだ、手首、掴まれたのに。一瞬過ぎて反応できなかった。
 私は彼の方を見て、笑いたいのにうまく表情が作れなかった。
「智樹君の行動が一瞬だったから、反応できなかっただけだよ」
「それでも大丈夫だったよ。一歩進歩した」
 そう言うと、思いきり腕を後ろに引いたと思ったら、一気に上に持ち上げ、それと同時に水しぶきが降ってきた。
「ちょ、待って、本当に水着着てないから!」
 それを聞くなり智樹君はぱたりと動きを止めた。「ごめん」と呟いた声は半分、砂浜の賑わいと塩水の往復に掻き消されていた。
 視線を動かすと、塁が少し離れた場所でそれを見ていた。


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