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深海の熱帯魚
【純愛 恋愛小説】

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.17 矢部君枝-1

 本当に海が目の前にあった。満潮になったら宿ごと海に沈んでしまうのではないのかと心配になるぐらい、サラサラの砂浜がすぐそこだった。
 民宿の玄関には「読書同好会御一行様」と書かれた看板があり、ちょっと恥ずかしい。誰も読書なんてしないのに。
「あちぃなぁ」
 塁は日陰から日陰へ、飛ぶように歩いている。白いTシャツとスニーカーが、白くなったりグレーになったりする。
 そう言えば、野球部出身にしては色が白い。あまり日に焼けない体質なのだろう。羨ましい。
「君枝ちゃん、日焼け止め持って来た?」
 拓美ちゃんが既に熱を持ちつつあるらしい二の腕を擦りながら言うので「結構沢山持って来たよ、持ってこなかったの?」と顔を覗き込むと、困ったような顔で頷いたので、鞄の中から適当な日焼け止めを一つ、渡した。
「無くなったらまた言ってくれれば、沢山持ってるから」
 助かるぅ、と言って腕や首に塗りたくっている。

 宿にチェックインし、部屋に案内されて驚いた。部屋は古いけれど、とても広い。そしてオーシャンビューだ。
 だがしかし......なぜか一部屋だった。
「えぇ、何で一部屋なの?男女別じゃないの?」
 私は至君に食って掛かると、彼は眉尻を下げて困ったような顔をしながら首の後ろを掻いている。
「いや、その方が安上がりだし。ほら、そこの戸を閉めれば着替えも出来るし」
 奥の方にある床の間を指差して言う。
「宴会するにもさ、一部屋の方がいいでしょ」
 まぁ、もう取ってしまったものは仕方がない。私は適当な場所に鞄を置き、窓を開けて海を見つめた。
 窓の桟が太陽の熱を吸収していて熱い。自分の低い体温と引き換えに、桟はだんだんと体温に近づく。一方、少し涼しい潮風は心地よく顔の横をすり抜けて行く。
 人影が視界に入り込んだ。音も無く隣に智樹君がいたのでハッと息を飲んだ。顔一つ分位背が高い彼の顔を見るのには、顔をかなり上にあげなければいけない。
「水は結構汚いんだけど、こうして離れた所から見ると、ここの海って十分綺麗に見えるよな」
 私の手のすぐ隣に手を置き桟を掴んで、海を見ている。他意はないのは分かっている。それでもやっぱり男の人の手は苦手で、私は手を少しずらす。
「音がいいよね。波のさぁ、ざざざーってのが」
 智樹君の顔を見上げると、彼も私の顔を見ていて、二人の視線がかち合ってしまった。私は慌てて視線を逸らし、顔色を悟られない様に暫く海を眺めていた。
「スライディングー」
 どこからかそんな言葉が聞こえてきて「うわっ」と智樹君が声を上げた。塁が、畳の向こうから駆けて来て、智樹君の足元にスライディングしたのだった。
「アホか、お前は修学旅行の子供かっ!」
 智樹君に言われた塁は緑色のショートパンツをパンパンと叩いて皺を直して「二人のいい雰囲気をぶち壊しに来たスナイパーです」と言うので、私は苦笑し、智樹君はその長い脚で塁の足をすくおうとしていた。
 本当にこの二人は兄弟みたいで、見ていて楽しい。
「こいつ、頭の中、中二の夏だから」
 じゃれ合いながら智樹君が私に言うけれど「自分だって女と海なんて眺めちゃって中二気分満喫してんだろ」と塁も食って掛かっている。
 遠くから見ていた拓美ちゃんと目が合い、思わず笑ってしまった。

「さすがに砂の上は暑いなぁ」
 ビーチサンダルに履き替えた一行は海に向かった。至君が言うように、確かに、砂が熱い。勿論照りつける八月の太陽は、肌を瞬時に焦がすようで、日焼けどめを重ね塗りしてきて良かったと胸を撫で下ろす。
 民宿でパラソルとレジャーシートを貸してもらえたので、だらだらと海に入ったり出たりする事になった。
「智樹ぃ、競泳やろうぜ」
 中二コンビが早速、着ていたTシャツを脱いでレジャーシートにバサリと置いた。やっぱり智樹君に比べると塁の肌は白くて、それでもお手本の様に綺麗な筋肉がついていて男らしい。あの筋肉を見ていたらきっと私は、塁に近づかなかったと思う。人類が洋服を着る文化を有していて良かった。
 対して智樹君は「運動やってました」という感じで、一般的に言う「イイ身体」をしていた。塁と智樹君、白と黒でオセロみたいだなぁなんて頭の中で黒と白がひっくり返る様を想像した。
 彼らは走って海に入って行き、いきなりクロールで海の向こう側を目指して泳ぎ始めた。メガホンを持った監視員がしきりに何かを叫んでいる。
「海、行かない?」
 至君がしゃがんで私達に言うので「私は、ここで見張ってるよ、拓美ちゃん行ってきなよ」とシートの上に掛かった砂を払った。
「じゃあ行ってこようかな。至君、行こう」
 至君は嬉しそうに顔を綻ばせてTシャツを脱ぎ、実はフィットネス用のビキニを着ていた拓美ちゃんもシャツを脱ぎ捨てて海へ走って行った。
 二人は水を掛け合ったりして、絵に書いたカップルのようだった。あの二人、結構お似合いだと思う。そんな事を思いながら、私は四人分のTシャツを丁寧に畳んだ。



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