南風之宮にて 1-5
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「そもそも、ツミに伝わる話には、アガラの船を導いたご先祖様が白かったなんて一言もないんですから」
「まあ。そうなの?」
不満顔のハヅルに対して、そう驚いた様子で言ってから、王女は香茶を一口飲みこんだ。
一族の口伝ではアガラからやってきたツミの長の鳥態について、『ツミの中のツミ』、『一族で最も美しいツミ』だと表現されている。
美しい、と言い切るならば、それは濃く鮮やかな褐色にくっきりとまだら模様の浮かぶ羽根を持っていたという意味だ。
人間態での美醜の感覚は普通の人間と似たようなものだが、鳥態に関しての一族の基準はそうなっていた。
真っ白い羽根には決してそんな形容はされない。白の中で色合いの良し悪しが語られることはあっても。
ツミの間では、姿の美しさは鳥態と人間態両方での総合点で評価される。
おかげでハヅルやアハトは、人間態では極上と言ってさしつかえない容姿をしていても、里での評価はまずまずといったところだった。
「どうして話が曲がってしまったのでしょうね」
「人の基準では白い方が神秘性が増すのではないですか」
王女はなるほどと頷いた。
「それはそのとおりかもしれませんね。褐色の猛禽ならば、わたくしたちの目には普通の鳥ですもの」
色彩が普通だとなぜ神秘性が失われるのか、ツミの感覚ではよくわからない。ハヅルは首をひねりながら、香茶のカップを手にとった。
ちょうどそのとき、扉の向こうから女の声がした。
「王女殿下。おくつろぎのところを失礼いたしますが、お約束のニースス市長が参りましたので……」
「あら、もうそんな時間でしたね」
扉を開けて入ってきたのはいつもの女官ではない。
長い頭巾で髪を隠し、広い袖に身体の線の出ないゆったりとした長衣の裾を引いた、神官見習いの娘だった。
「宮の司様が先に応接室にてお迎えになっております。どうぞお出ましくださいませ。ご案内いたします」
彼女は伏し目がちに、丁寧に腰を折ってお辞儀をした。