画面の中の恋人-9
そのあと1時間ほどチャットに付き合ってから、いったん画面を閉じた。今朝届いたメッセージにはまだ返信できていない。みんなに言われたように、まずは敬語をやめようって書いてみようか。そんなことを考えながら、乃理子は背伸びをしてキッチンに向かった。
頭の中でメッセージの文章を練りながら、冷蔵庫のミネラルウォーターを出した。2リットルのペットボトルはずっしりと重く、非力な乃理子が片手で持つと妙に不安定になる。重みで右腕を震わせながらコップに水を注いでいると、ふっと腕が軽くなった。
驚いて振り返ると、明彦がばつの悪そうな顔でペットボトルを後ろから支えてくれていた。乃理子は名無男のことでいっぱいになった頭の中をのぞき見られたようで、あせってうまく話せなかった。
「び、びっくりするじゃない……こんな夜中に……」
明彦は相変わらず無言のまま、乃理子がコップに注ぎ終わったのを見て、ペットボトルにそのまま口をつけてごくごくと水を飲み、それを冷蔵庫に戻してまた何事も無かったように2階へと上がっていった。何を考えているのかわからない明彦の行動は乃理子の心をかき乱し、名無男へのメッセージの内容はすっかり頭から飛んでしまった。