画面の中の恋人-12
夕方近くになり、買い物に行く気にもなれずに、乃理子は冷蔵庫の中の材料で夕食の準備を始めた。あまり手の込んだものは作りたくなくて、カレーライスに決めた。炊飯器に米をセットしてスイッチを入れ、具材を鍋で煮込む。そういえば明彦とまだ仲が良かった頃は、カレーぐらいなら自分もできると言って、よく作ってくれたっけ……。不器用なくせに張り切って、皮をむかれたじゃがいもはもとの大きさの半分くらいになっちゃって、にんじんも変な形で、玉ねぎの皮むきで涙も鼻水もダラダラ流して……出来上がったカレーはものすごく不細工だったけど、それでも世界一おいしく感じられた。
ふたりの笑い声が、うるさいくらい響いていたはずなのに。日が暮れて薄暗くなりはじめたキッチンは、そんな頃があったことすら打ち消すように冷え冷えとしている。
この家を出たら、わたしはもっと自由に、幸せになれるのだろうか。そんな勇気もないくせに。でも、もしも『彼』とやり直せたら……らちもない想像をめぐらせながら、乃理子はぐつぐつと音を立てる鍋を見つめていた。
出来上がったカレーを、いつものようにひとりで食べる。とりあえずお腹におさまりさえすれば、味なんてどうでもよかった。食器を片付け、階段の上を見上げる。電気は消えているらしい。寝ているのか、それとも外出しているのか。考えても苦しいだけ。だから無理に考えないようにする。頭をぶるぶると左右に振って、乃理子は自室に戻った。
名無男は夜中まで用事があるということだったから、それまでの間、ハルカに話を聞いてもらうことにした。メッセージで確認すると、すぐにチャットルームに来てくれるという。パスワードを入力していつもの場所に入ると、すでにハルカが待機していた。
『なになに? ミコからお誘いなんて珍しい。彼のこと、進展あったの?』
何でも率直に言うところがハルカの良いところだと思う。ミコはそんないつも通りのハルカに苦笑しながら、昨日からの名無男とのやりとりを打ち込んだ。
『画面の中の恋人!? すごいじゃない、なんなの、たった一晩のうちに何があったのよ! 甘えてくれていい、とか、支えになりたい、なんて大人のひとって感じでいいなあー。わたしもそんなこと言われてみたいよ』
それから、そのあとのやりとりで言われた『可愛い』『素敵だ』という言葉が嬉しかったことも伝えると、
『なにそれ、いきなり急展開! どうなの? ミコとしては、名無男ってひととこのままどうにかなっちゃってもいいの? ミナミみたいに』
ミナミみたいに……会って、セックスして……どうだろう。そんなことまで考えられない。ただ、望んでいないと言えば嘘になる。
『もう恋人、とか言っちゃってるんでしょう? そしたらその後に来る当然の展開だと思うんだけどな。リアルでもそうじゃない? ちょっと仲良くなって、食事にでも行って、お互いの相性がよさそうならエッチしてみて、ってなるよね。完全にダブル不倫まっしぐらに見えるんだけど、それ大丈夫なの?』