チャンネル-4
馬鹿馬は未来の英雄を乗せ、風よりも早く、砂漠の砂風となって赤い土を巻き上げた。賊のいる敵地に乗り込むと、見張り番の雑魚が銃を天に向けて打ち鳴らし、仲間に合図をした。
「偽物の英雄かぶれが来たぞ!」
挨拶がわりの雑魚の銃弾をかわすと、馬鹿馬は雑魚に挨拶返しにと一発後ろ足で蹴り上げた。
「おもしろい奴だな、お前」彼は馬にそう言うと、馬は上唇を鼻に付け、得意そうにブルブルと鼻をならし笑っていた。彼の仲間達も少し遅れて到着した。
「アジトはあの奥にある真ん中の小屋だ」
仲間の男が指さす小屋から数人の男が出てくると、銃撃戦が始まった。
敵は彼の仲間達の馬を狙ってきた。仲間達は馬から落ちていった。頭から落ちる者、落ちて馬に踏み潰される者…。彼の馬鹿馬は左右に弾を避けながら彼の応援を信じた。
「俺の腕を信じろよ」
彼が得意の銃を引き始めると、パンパンパンと弾が弾かれて、敵の男たちは倒れていった。馬鹿馬がアジトの扉を蹴飛ばすと、中には小さく華奢な男が一人、酒を飲んでいた。
「お前が英雄気取りか?」
華奢な男は彼に向かって静かな声で話した。彼はあまりにも落ち着いた小男の態度に背筋が寒くなっていた「あんたがここのボスのゲインズか?」
彼が聞くと、小男が頷いた「お前だけここに残って俺と早打ちで勝負しろ。女たちはこのまま返してやっていい。お前と勝負して勝つ事だけが俺の望みだ」
小男は目をギラギラさせたまま、グイッとグラスの中身を飲み干した。
「わかった。俺が人質になればいいんだな」
彼は仲間に女達を引き取らせ、馬車に乗る彼らを見送った。
「勝って必ず戻って来て」
女は彼に切ない声を出し、頬にキスをした。彼は彼女を抱き締めて、無言で頬を撫で、手を振った。
馬鹿馬だけが彼を応援できる唯一の仲間となった。敵の数人の雑魚が見守る中、彼と小男は互いに背を向けていた。
「十歩、歩いた所で勝負だ」小男が静かな声で言う。
「十だな。受けて立つ」
互いに付けていた背中を離し、それぞれ反対の方向へと歩き出した。
砂のざわめきとブーツが土にめり込む音が聞こえる。彼は横目で馬鹿馬を見ると、馬は首を上下に振ってやる気を見せた。
(頑張れ。俺が乗せるのは英雄だけだ)
馬鹿馬の思いが伝わる。彼のカウントは六まできている。七まで数えると、最後に愛した女の顔が浮かんできた。彼は彼女を瞼に焼き付け、どんなに自分が愛していたのかを全て伝えられなかった事を悔やんだ。
「勝ったらまた会える。負ける訳はない」
彼の足は八を数えた。なぜか、ここに来る前の戦場にいた時の事を思い出していた。人の殺しあいで決着をつける。子供の頃はヒーローなんかに憧れ、格好いいと思っていたものだけど…この早撃ちは彼の憧れだった。しかし戦争の、あの惨たらしい、悲惨な現実を見てしまった。彼は一瞬、今の自分のやらなくてはいけない早撃ちに対し、戸惑いを感じていた。
「同じ人間同士が戦う。別にそれはいい。しかし、なぜ殺しあうのか。勝負は相手を殺めなくてもつくのに」
彼は悩んでいたが、彼のブーツは九をカウントした。今度は医者のままごとをしていた事を思い出した。給料が良く、人を癒し格好いい医者。彼の大好きな白衣の看護士達。格好いい高級車を乗り回し、人から尊敬される存在になりたかった彼。しかし、人間はそんな肩書きだけでは生きてはいけない。彼は華やかな世界で生きたかった。もう今の彼にはそんなものは必要ない。彼はいろんな人生を歩んできて悟った。
「信頼こそが人間にしかできない事だ。俺は守べき者の為に生きる」
彼の最後のカウント、十歩で足が止まった。小男も立ち止まり、彼の動きを耳で、風のざわめきで探っていた。彼の手が腰の銃に触れた瞬間、テレビを見ていた頃の自分を思い出した。生産性の無い毎日を送っていた自分自身の心の扉を開けてみた。願望だけが彼の胸の中にあった。しかし、努力はせずに、夢ばかり見ていた。彼の目からは涙が溢れてきた。過去。別れようと彼女に言われた時、なぜ愛していると言えなかったのか。続けたかった劇団を親に反対された彼。そして親のしいたレールにそって彼の人生は進んでいた。味気無い人生。そして、たまにある、タンポポの茎をかじったような、苦い言葉が胸の扉に入り込む。
「別に甘えたかった訳じゃない。我慢していたんだ」振り向きざまに銃を放った瞬間、彼の胸の中にある後悔と苦悩の扉から全ての思いが消えてなくなった。
小男は胸から少し外れた場所に、彼の弾丸を受け、地面に倒れこんだ。そして彼は大事な右腕を撃たれてしまった。
「外しておいた。俺の勝ちだ。もう、無駄な争いはやめる事だな」
彼は馬鹿馬に乗ると、その場を立ち去ろうとした。彼が手綱を引くと、後ろから声がした。振り向くと、小男が倒れながら銃を構え、彼に向かって引き金を引いた。
「つめが甘いな、小僧…」
小男の弾を受けた彼は、馬の上で、ぐったりしている。腹部が痺れだした。彼は力を振り絞り、腰から銃を取り出すと、小男を打ち抜いた。
馬鹿馬はゆっくりと歩きだし、ゲインズの雑魚たちは自分のボスの周りで歌いだした。
町の人々が沈む夕日を見つめていると、黒い影がゆっくりとこちらに向かってくるのを見つけた。
「誰か来るよ」
女が指をさすと、怪我をした男が馬にまたがり、影に向かって馬を走らせた。近づくと、馬鹿馬から今にも落ちそうなジョニーだった。急いで自分の馬に乗せると、彼の女の所へと運んだ「ああっ…しっかりして!」女は彼の顔に頬を付けて涙を流した。誰の目から見ても、彼は助かりそうになかった。青白い顔をした彼の手は冷たく、腹部に当てた布からは血がにじみ出ていた。しかし、彼の表情は笑顔で満ちていた。白くなった唇から震える小さな声で彼女に言った。
「一生お前を守りたかった。愛している…」
目を閉じて動かなくなった彼の唇に、彼女はキスをした。
「私も愛してるわ。とても」町の仲間達が集まり、自分達を救った英雄に別れの歌を歌った。そして、目を閉じた彼の心は満たされた。体中に痛みを感じると、彼の意識はまた別の世界へと向かっていった。