5-2
9月になって、朝晩の暑さは少し和らいだとは言え、日中はまだ真夏並みの暑さが続いていた。それでも外ではツクツクボーシが鳴き交わしている。
土曜日の午後。海棠家。修平と夏輝は二人揃って案内されたリビングのソファにも座らず、床に正座して頭を下げた。
「先生方っ!」
「よろしくお願いしますっ!」
ミカとケンジは顔を見合わせた。
「いきなり何なんだ。とにかく、二人とも、ちゃんとソファに座りなさい。」ケンジが言った。
「そうだ。何だかあたしたちがあなたたちを叱りつけてるみたいじゃないか。」ミカも言った。ケンジの横で真雪が困ったような顔をしてジンジャーエールを飲んでいる。
「じゃ、失礼します。」修平が立ち上がり剣道の試合の後のように一礼すると、夏輝に手を貸し同じように立たせて、ミカとケンジに向かい合ってソファにちょこんと腰掛けた。
「で?あたしたちに何の相談?」ミカが言った。
「えー、言ってないの?真雪。」夏輝が軽く抗議した。
真雪は夏輝を指さした。「自分たちで言って!」
真ん中に座ったケンジはコーヒーカップを口に持っていった。
「エッチの仕方を教えてください!」
ぶぶーっ!ケンジがコーヒーを噴き出した。げほげほげほげほっ!「な、何だって?!」
「あたしたち、つき合い始めてもう二か月になろうってのに、まだ満足にエッチができないんです。」
「このままでは、性の不一致で破局を余儀なくされてしまうんです。」
ケンジの横で真雪はばつが悪そうにまたジンジャーエールのストローを咥えた。
「そ、そんな相談のために、わざわざうちへ?」ミカが言った。「っつーか、なんであたしたち?」
「お、俺、」修平が顔を赤らめながら言った。「ミっ、ミっ、」しかし次の言葉が出てこない。しびれをきらして夏輝が言った。「修平、ミカさんに憧れてるんです。兼ねてから抱きたいって思ってるらしいんです。」
「それにっ!」修平が顔を上げてすかさず言った。「こ、こいつはケンジさんになら抱かれてもいい、ってこないだ言ってました。」
「だからっ!」夏輝だった。「あたしたちのために、あなた方のセックスの様子を見せていただきたいんですっ!」
ケンジはコーヒーカップを手に持ったまま固まって額に脂汗をかいていた。
ミカは眉間に皺を寄せて目をつぶり、腕組みをしていた。部屋の中に沈黙が流れた。
ケンジの横の真雪は丁度ジンジャーエールを飲み終えたところだった。ずるずるっ!ストローが底に残った水分と空気を同時に吸って派手な音を出した。真雪は自分が出したその音にびっくりして、静かに口を離し、グラスをテーブルにそっと置いた。
「若者の将来を案ずれば・・・・」ミカが静かに言った。
「お、お、おまえ、どうする気なんだよ!」ケンジが大声を出した。
「仕方ない、引き受けよう。」
「ほ、ほ、本当ですか?!」修平も夏輝も顔を輝かせた。
「見せてやろう。本物のセックスを。」
「えええっ!」ケンジが叫ぶ。
真雪もひどく動揺しながら修平たちと海棠夫婦を交互に見た。
「明日の夕方、『海棠スイミングスクール』で決行する。閉館の時刻18時きっかりにロビーに集合。いいな。」
「はいっ!」二人が叫んだ。
「決行って・・・、本気かよー。」ケンジは情けない声を上げた。
「ご、ごめんね、ケンジおじにミカさん。」真雪がとてつもなく申し訳なさそうな顔で言った。「あたしもまさかこんなことをあの二人から頼まれるなんて、思ってもいなかったから・・・・。」
「いいさ。これからの人生に必要なことだよ。ある意味。」
「で、でも、俺、緊張してうまくできないかもしれないぞ。」ケンジがおろおろしながら言った。
「大丈夫。そんなこともあろうかと、スクールのプールサイドを選んだんだ。」
「プ、プールサイドでやるの?!」真雪が驚いて訊いた。
「ケンジはね、ちょっと変わったシチュエーションだと燃え方が違うんだよ。」
「そ、そうなの・・・・。」真雪は赤面した。
「それはそうと、今の女の子、どっかで見たことのある顔だったな。夏輝ちゃん、だっけ?」
「あ、俺も。俺もそう思ってた。」
「それに、あの屈託のないしゃべり方・・・・。」
「え?でも初めてでしょ?夏輝に会ったの。スクールでも会ったことはなかったはずだけど・・・。」
「あの子の名字は?」
「『日向(ひむかい)』。日向夏輝だよ。」
「『日向』?」ケンジとミカは思わず顔を見合わせた。
「知ってるの?」
「い、いや、たぶん偶然だろうけど・・・・。」
「俺たちの大学の水泳サークルに日向っていう先輩がいたんだ。ミカの同級生。」
「丁度今の夏輝ちゃんみたいに明るい娘でね。あたし、とっても仲良しだったんだよ。三年で中退しちまったけど・・・。」
ケンジが懐かしそうに顔を上げて言った。「日向陽子がフルネーム。俺は陽子先輩って呼んでた。」
「ええっ?!」
「どうした、真雪。」
「彼女のお母さん、『陽子』って名前だよ。」
「ほ、本当か?でも結婚してるんだろ?」
「ご主人が改姓したって聞いた。」
「じゃ、じゃあ、今のは陽子の娘?!」