8-2
翌日、本当にこずえと言う女はやって来た。
「少々お待ちくださいね」
そう言って私は茶の間にいた総司を呼びに行った。
「こずえちゃん、久しぶりだねぇ」
義母には、家にあげない様に言われていた。だから私は玄関のすぐ裏にある座敷で静かに座って会話に聞き耳を立てていた。
「総司さんがこっちに戻ってきてるって聞いて、黙っていられなくてそれで......」
きっと照れて顔でも赤くしているのであろう。総司がコホンと咳ばらいをした。
「まだ実家にいるの?」
「はい、あの、総司さんみたいな男の人がなかなかいなくて、ってこんな事言ったらアレですよね」
一人で舞い上がっているのが分かる。昨日より声が上ずっている。義母が嫌う理由も分かる。
「俺みたいなのなんてどこにだって転がってるよ」
しくしくと泣く声が聞こえた。へ、こずえとかいう女、泣いてる?よく耳を澄ませると泣いているのだ。どこに泣くポイントがあるというのだ。
「総司さんが結婚したなんてショックでした。奥さんを見てもやっぱりショックで」
私は扉の隙間から玄関を覗き見た。あろうことか、総司の胸に顔を埋めていた。すぐに出ていって一発殴ってやろうかと腰を上げた。
「ちょ、困るよ、そういうのは。俺は嫁さんがいるんだ。こずえちゃんも色々あると思うけど、頑張ってよ」
明らかに総司は困っていた。彼女が、帰ろうとしないのだ。私は総司の携帯電話を取りに茶の間に行くと、義母が「まだいるの?」と言うので「帰ろうとしないんで、ちょっと小細工を」と言って携帯を持って玄関へ行った。
「総司、電話だけど」
玄関に顔を出し、ついでに女に一瞥を食らわせた。
「ごめん、そういう事だから。またどこかで」
総司がそう言うと、彼女は涙を拭いて玄関を出て行った。車のエンジン音がした。
「罪作りな男だね、総司って」
「まぁね。助かったよ、ありがとう」
頭の後ろをぽりぽりと掻きながら照れる姿もまた、様になる。