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2.
「お世話になります」
私は広間で義母に三つ指をついて挨拶をした。義母は細身のデニムにシンプルなTシャツ姿だったが、センス良くまとまったその格好からは年齢が窺い知れない。
「そんなに畏まらなくてもいいから。それよりエリカちゃんは、料理は得意?」
突然の質問に戸惑い、「うっ」と声にならない音が漏れたが「た、大概の物なら、はい」と絞り出すと、義母の顔が花が咲くように綻んだ。
「良かった。私はまだフルタイムで働いてるし、総司はきっとこれから忙しくなるだろうから、家事全般をエリカちゃんにお願い出来ないかなぁと思ってね」
私は嬉しかった。知り合いがいないこの町で、日中特にやる事もなく、ただ惚けて一日が終わるなんていう毎日だけは避けたかったから、こうして役割が貰える事が嬉しい。
「何でもやります。ざっとやる事を教えてください。紙に書きますから」
私は、手元にあった鞄の中から愛用の赤い手帳を取り出し、メモページを開くと、それを見た義母は「あら、準備が良い事」と偉く感心した様子だった。
「畑はお父さんが仕事の合間に管理していたから、実際私にはよく分からないの。図鑑なんかは部屋にあるから、もし畑を続けたいと思うなら、それを参考にして。今もキュウリとトマト、あとはナスもなってるからね」
はい、と返事をしながらメモを取る。畑には真っ赤に熟したトマトが、窓からでも見える。
「風呂場はここ。毎日湯船を張ってくれると嬉しいな。洗濯も、出来れば毎日。庭に物干しがあるから」
克明にメモをする。病院で検査の仕事をしていた頃から、何かにつけてメモをする習慣が身についている。
「ここは土間。この大きな冷凍庫は、保存食を入れたりするための物なんだけど、私の母が亡くなってからはあんまり使ってないの」
大きな直方体の扉を手前から奥に引き上げると、人が一人入れる位のスペースから冷気が放たれ、私と義母の顔を覆った。二人とも同時に顔を背けたので可笑しかった。
甥や姪が来た時の為だろう、アイスキャンディの箱が二箱、入っていたが、霜だらけで銘柄も何も見えなかった。
購入した時は白色であったであろう冷凍庫の表面は、少し黄ばんで見える。子供達のいたずらか、何かのキャラクターのシールが足元に貼られていた。
「普通の冷凍庫代わりに使ってくれてもいいし。あ、私は食事、冷凍食品なんかでも全く構わないタチだからね」
そう言うと義母は私の肩をポンと叩いた。
「難しく考えないで。私はそこらの鬼姑とは違う。日中は仕事だし、友達と遊び歩く事もあるしね。エリカちゃんも赤ちゃんが産まれたら、ママ友なんか出来るんじゃない?遊び歩いていいから」
そう言って笑う義母を見て、私は苦笑しながら首を傾げた。子供が生まれたら遊びまわるなんて無理なぐらい、幸せな忙しさを味わうと聞く。